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BLACK=OUT

第一章第四話:黒き炎

「てめぇ、やっぱ馬鹿だろ。手の内を早く晒し過ぎなんだよ」
 両手にシタールを携え、日向は言った。
「……お前にもう勝ち目はない。遠吠えならもっと風情のあるやつを頼む」
 負けじと宮葉小路も返す。
「ふん……」
 ざっ、と右手の剣を払うと、日向は構えた。
 宮葉小路も詠唱の構えに入る。
「うらあああああっ!!」
 日向が宮葉小路に向け駆ける。
「ソディア!」
 宮葉小路の氷牙が、日向に向け加速する。
 それを紙一重でかわしつつ更に疾走する日向。
 だが、それ以上の接近は許さじと、宮葉小路の式神が唸る。
 宮葉小路へ駆ける日向と、その日向に向かい飛翔する式神。
「馬鹿がっ! 何度も同じ手を食らうかよっ!!
 日向の左手が振り上げられ、その手に握られていたシタールが式神目がけ飛んでいく。
(バカなっ!?)
 ざっ。
 右の翼を奪われた式神は地に落ちた。
「ほぅ……手から離れても消滅しないのか、あの剣は」
 エレナが驚嘆する。
 勝負は、この時点で決した。
 宮葉小路の手前数メートルで、更に低く構え、右、左と素早くステップを踏み、一気に間合いを詰める。
「これで終わりだ! 無音零砕刃(むいんれいさいじん)!!」
 像が残るほどの速度で五度斬りつける。
 最後の一撃で、宮葉小路は大きく吹き飛ばされ、障壁に衝突しずるずると倒れこんだ。
 宮葉小路は……動かない。
「俺の制空圏を甘く見るんじゃねぇ。たかが式神一体落とせねぇと思うな」
 赤かった障壁が、青へと色を変える。
「ターゲットの戦闘不能を確認。ミッションコンプリート。ウィナー、日向和真。コンバットシステムを停止します」
 スピーカーから流れる、合成音声によるアナウンスと共に障壁が消滅した。

  マークスが、隣に備え付けられた救急医務室に宮葉小路を運んでいる。
「あ~あ、宮葉小路さん負けたなぁ」
 コンソールに頬杖を付き、四宝院がつぶやいた。
 彼にとって、意外な結末だったらしい。
「すっごく広い制空圏だったねぇ。まさか剣を投げるとは思わなかったよぉ」
 メイフェルも、胸の前で両の手を合わせながら言う。
「ま、メンタルフォースで武器作る場合、普通は手から離れた時点で消滅するわな」
 術者の能力の効果範囲には限りがある。
 それは人体から皮一枚程度の距離しかないのが普通であり、その効果範囲の事を「制空圏」と呼ぶ。
 正確には、たとえ手から離れても、この制空圏を脱しない限り、武器とて消滅はしない。
――実際には、「手から離れ、かつ制空圏内を維持する距離」など、お目にかかることはないのだが。
「それにしてもぉ、あんな制空圏、維持するだけで精一杯じゃないのぉ?」
 メイフェルの言うとおり、制空圏とてメンタルフォースで作られた、一種の「雰囲気」である。
 それ自体が精神力を消費するため、広い制空圏を維持するのは並大抵のことではない。
「いや、結構オモロイで。メイフェル、これ見てみ」
 コンソールを叩いていた四宝院が顔を上げる。
「さっきの戦闘での、メンタルフォースの発生領域を表したもんや」
 バトルシュミレーター内部には、こういったセンサー類も完備されている。
 戦闘でのウィークポイントをチェックするためである。
「ずーっと通して見ても解るけど、普段は日向さんの制空圏も人並みなんよ」
「あれぇ? ホントだぁ」
「で、例の式神を落とすシーン……」
 スタートダッシュから、式神が動き出すまでは制空圏は狭いままである。
 しかし、式神が日向の前方七メートル弱の位置に達した時……。
「制空圏がぁ、一気に広くなってるぅ……」
 まるで、強い闘志が映す炎の影のように。
 日向の周囲の大気が揺らいでいる。
「つまりやな、日向さんは最初から式神に剣を投げるつもりで、両手に剣を具現化させたんや。そんで、式神との距離を見計らって、一瞬だけ制空圏を広げたんやな」
 口で言うのは容易い。
 だが――
「普通のメンタルフォーサーじゃぁ、出来ない芸当だよねぇ……」
「エレナさんでも、実戦では無理と違うかな……?」
 制空圏を無視してメンタルフォースを行使する技術が「テクニカル」である以上、彼らに制空圏を広げるメリットは、デメリットに比べてあまりに少ない。
 しかし、この戦いでは、そういった「思い込み」へのカウンターとして充分な効果を発揮した。
「……日向さんな、対人戦にメッチャ慣れてるで」
 コントロールルームからリングにいる日向を、四宝院は複雑な表情で見ていた。

「約束どおり、好きにやらせてもらうぜ。いいな?」
 日向は、壁にもたれかかったエレナを見て言った。
「……確かに、アンタの実力はよーっく解ったよ」
 エレナは腕を組み、目を細めて言った。
「でもね、アンタみたいなマルチファイターが、利光みたいなテクニカルユーザー相手に勝つのは当然じゃない?」
はぁ? と怪訝な顔をする日向。
「アンタがテクニカルだけで利光を倒したならともかく、接近戦を挑んであそこまで追い込まれたんじゃ、負けたようなもんだよね」
「ちょ、ちょっと待てよ、おい!」
 慌てて日向が口を挟む。
「そんな事は聞いてねぇ!あの野郎を倒せばいいって話だったろうが!」
「勝てて当然の勝負でしょ?そんなのフェアじゃないね」
「あぁ!?」
「それとも、勝てる勝負しかしない性質?」
「てめぇ……!」
「そうねぇ……じゃあ、こういうのはどう?」
 エレナは、組んだ腕を解き、体を起こして言った。
「どんな手段でもいい。アタシと戦って、一撃でも当てられれば認めるよ」
 自信満々に言い放つ。
「てめ……ナメてんのか!?」
「あら? アンタにとって、これは『勝てない戦い』かい?」
 ぎりっ、と日向の歯が音を立てる。
「そこまで言われちゃ……黙ってられねぇな」
「その代わり、アンタがダウンしたら、アタシの指示に従ってもらうよ」
「ふん……いいぜ」
 その時、丁度医務室から戻ってきたマークスがきょとんとした顔をしている。
「戦うんだよ、この日向君とね」
 そう言って笑う不敵なエレナと、激しい戦意に満ちた日向の、二つのまなざしが火花を散らしていた。

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