インデックス

シリーズ他作品

他作品

BLACK=OUT

第十章第七話:白と、黒と、祝詞

 既に、崩落は始まっている。
 円形の展望台を囲む壁は一部が完全に崩れ、床には幾本もの亀裂が縦横無尽に走っていた。日向の上にも、また彼を守る三人の上にも、天井の欠片が少なからず降っている。
「行けるな、和真」
 宮葉小路が、自らの肩越しに問いかけた。答は、決まっている。
「ああ、大丈夫だ。“鍵”のBLACK=OUTが目覚めたんだ、“封神の力”を、今なら自由に扱える」
「練習無しで? 無茶っぽいなぁ、何か」
 神林が太刀を具現化させながら言った。ひどく軽い口調で、本当に、気負い無く。
「大丈夫ですよ、和真さんなら」
 マークスの声は、穏やかだ。
 無根拠としか思えないその発言も、今は何だか頼もしい。
「僕たちが抑える。和真は詠唱に集中してくれ」
「詠唱じゃなくて、祝詞じゃない?」
 神林の突っ込みに、どっちでもいいだろ、と宮葉小路が答える。
「和真さん、貴方は……」
――貴方は、私が守ります。
 マークスの銃口が、彼と同じ顔をしたBLACK=OUTに向けられた。当の本人は、不敵な笑みを浮かべたまま動かない。
「みんな……」
 最後の、戦いへと。
 日向が、鬨の声を上げる。
「行くぞっ!」
「応っ!」
 一斉に応え、神林は前へと飛び出した。
「さあ、見せてごらんよ。君たちの“力”って奴をさ!」
 狂ったように笑うBLACK=OUT。神速の踏み込みを、彼は難無くかわす。
「くっ……」
 やはり、速い。日向に及ばぬ速度では、BLACK=OUT相手では届かぬか。
「そんなんじゃ、大根も切れないね」
 BLACK=OUTはそう言うと、神林へと右手を突き出した。直後に撃ち出される、無数の光弾。
「詠唱無しで……テクニカルっ!?」
 辛うじて太刀を前に翳し、光弾を受ける事に成功したものの、その威力は凄まじく受ける両手と太刀が嫌な音で軋む。
「命っ!」
 宮葉小路が叫び、式神が疾(はし)る。
「出過ぎるな! 今は時間が稼げればいい!」
「りょ、了解!」
 飛び退く神林を狙われないように。
 マークスの銃が休み無く火を噴き、BLACK=OUTを追いやる。
 一方の宮葉小路は、既に十分な量の紋章を描いていた。
「ヴェイン-エクストリミティ-リザーブ-クレスト-リリース!」
 前は神林が抑えてくれる。それをマークスが、的確に援護しているのだ。
 自分がすべきは、決まっている。
 宮葉小路は左前半身に構え、弓を引き絞るかのように姿勢を取った。開いていく左手と右手の距離に従って、彼の手には眩いばかりの蒼弓と矢が現れる。
「やらせはしない! 蒼弓の舞!」
 矢が右手から放される。迸る、幾本もの軌跡。それは弧を描き、崩壊直前の展望室に雨霰と降り注ぐ。
「かはっ、やるじゃない!」
 逃げ場の無い攻撃に、BLACK=OUTは甘んじてそれを受け止めた。狙いが散漫なせいもあってか、与えられたダメージはさほど大きくないようだ。
「お礼だよ、これはっ!」
 瞬間、BLACK=OUTの姿が消える。彼は――

――マークスたち三人の陣形、その真ん中に立っていた。

「まず……」
 宮葉小路のその言葉も、最後まで紡ぐを許さない。

「剛――」
 下からせり上がる、怒りの奔流。
「爆砕!」
 レジストの間も与えられず、マークスたちは大きく弾き飛ばされた。

(ちくしょ、みんなっ……!)
 意識のある状態では初めて試みる“封神の力”の行使。慣れぬ祝詞と能力へのアプローチに時間が掛かり、その間に彼を守る三人は傷付いていく。
「くそっ、このままじゃ、あいつらが!」
 焦燥が身を焼き、集中力を雑念がかき混ぜる。
 目の前の出来事に、母の死が、神林の負傷が、エレナの死が被さり映る。
(もう嫌だ、嫌なんだ! 俺のせいで、誰かが傷付くのは!)
 やらなければ。
 どうしても、今、ここで、絶対に、やらなければ。
 自分はまた、彼らを殺してしまう。
「何でだよ、何で出ない、“封神の力”……!」
 悲痛に木霊する錯乱の叫び、その、間に。

 信じて。

 誰かの、女性の声が挟まれる。

 信じて、あの子たちを。

(母さん……?)

 あの子たちは、貴方を信じているわ。
 貴方も、あの子たちを信じて。

(だけど、俺!)

 貴方は独りじゃないわ。支えてくれる、信じてくれる仲間がいる。

(俺、死なせたくない、守りたいよ、あいつらを……)

 なら、その想いを紡いで。そのままの、貴方で。

――……吾は愚者。

 日向が、歌うように、口にした。ただ、胸に浮かんだその想いを。

――普く真を露知らず、虚なる仇こそ終為さん。
  偏執なる妄執に堕ち、携えんと差す手を絶つ。
  愚かなる吾に齎されし奇跡、その軌跡。
  吾願い欲す、其を守る力、其を救う力。
  故に、吾は命ず――

ページトップへ戻る