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BLACK=OUT

第九章第七話:黒のオペレーター

 一瞬の、異様を感じた。
 雷撃の使い手は、背筋に走るそれを感じて振り返る。目の前には。
 いつからそこにあったのか、右手の、拳。
 弧を描くように、自らの左頬へと向けて打ち込まれようとしている。
 左から振り向いた体勢が災いしたか、反撃し易い左手ではなく、右手で受けざるを得なかった。しっかりと受け止めた右手を返し、突然の刺客を投げる。
……つもりだった。
  男を襲った青年は、受け止められた右手首が返されるその動きに合わせ、踏み込んだ右足を引いたのだ。まるで猫のように背中を丸め、だがその動きは拳法その もの。左足に乗せた体重は安定し、次の瞬間には全身のばねが爆ぜるように、肩先から男へ向けて突っ込んでくる。のみならず、再度踏み込んだ右足に合わせ、 男の脇腹に左の掌底を打ち込んだのだ。
 全体重を乗せた一撃が、体当たりで安定を失った体躯と、その内腑をも突き抜け、男を吹き飛ばす。
 男は二度三度跳ね、倒れたまま動かない。
 壊れた扉の脇に立つ、蒼い髪の青年が顔を上げる。爛々と睨(ね)めつける、蒼い瞳。前髪が、その左にぱさりと掛かる。青と白のユニホームは紛れも無く、このB.O.P.でオペレーターに支給されている物。青年が、ゆっくりとした動作で上体を起こした。
「恭ぅ!」
 四宝院は、声のした方に視線を向ける。視界に立ち塞がる二人の狭間から、メイフェルの無事が確認出来た。
 その事実に安堵の表情を浮かべたのも束の間、すぐに普段は見せない、戦士の顔になる。
 メイフェルたちに向かっていた二人は、体ごと四宝院に向き直っていた。
 暫し、その二人と交互に睨み合っていた四宝院だが、ちらりと視線をメイフェルへと向けた。
 その目が、何かを伝えようとしている。
 メイフェルが頷いたのを確認した四宝院は、再び侵入者たちへと視線を戻した。
「好き勝手やってくれたなぁ、あんたら」
 低く、地を這うような声で四宝院は唸る。
「あかんで、俺を、怒らせたらなぁ!」
 叫ぶが早いか、四宝院は大地を蹴り飛ばす。弾丸よりも尚速く、その接近を視認出来ない程に流麗。
 紫炎の剣を持つ青年が、ざりと前に進みいづる。
「受けて立つ。力を持たぬ者よ」
 青く尾を引きながら振るわれる剣。それが触れるか触れないか、間に剃刀すらも入らぬであろう鋭さでかわし、死角から拳を打ち込んでいく。
「っく!」
 辛うじて、拳の動きに合わせて顎を上げ、青年は難を逃れる。次に胴が空いたのは、四宝院だ。青年は体を引いて、斬り込む。
 だが、打ち上げられたはずの四宝院の拳が、そのまま円を描いて振り下ろされ、剣を持つ右手首を叩き軌道を逸らした。
(こいつ……出来るな)
 予想以上の動きをする四宝院に、青年はただただ舌を巻く。援護を頼む、と仲間に視線を向けた青年は、そこに信じられないものを見た。式神使いの女性、その背中に。
――今にも襲い掛からんとする、メイフェルを。
「レイラン、後ろだ!」
 青年の声に呼応し、式神使いは飛び退きざまに振り返る。だが既に、メイフェルは左前半身に構え、飛び退かれた分開いた間合いを詰めた後だった。
「複製術ぅ、我流単撃ぃ!」
 口調からは想像も出来ぬ鋭い踏み込み、低い姿勢と腰の筋力を最大限利用した、右のフック。
「士皇冥牙(しおうめいが)ぁ!」
 油断と不意打ち、そして何よりその驕りが、式神使いから防御する余裕を奪った。二人の戦いは、この一瞬で、決まったのだ。
「馬鹿な、レイランが……」
 青年は四宝院の突きを避けると、大きく飛び退いた。四宝院は追わず、様子を伺う。
「やるな、お前。メンタルフォーサーでもないのに」
 青年の、縁の薄い眼鏡の奥の瞳が、嬉しそうに笑う。
「折角の強者だ、名乗っておこう。私の名は衣谷樹(ころもたにいつき)。お前は?」
「んー、名乗られたら名乗り返さな失礼やわな……俺は四宝院恭。ここのオペレーターや」
「ほぅ……オペレーターで、その手練か」
 片方の眉を吊り上げて、衣谷と名乗った青年は言った。
「我流や、我流。メイフェルも、護身術程度しかでけへん」
 先の一撃は明らかに護身術の域を超えるものだが、それは日向の技を複製(コピー)したためだ。彼女の真価は、その複製能力そのものにある。
「なるほど。それなら私も、お前程度を相手にして手こずるのは恥ずかしいというものだ……一瞬で、倒さねばならないな」
「同じ言葉、そっくり返したるわ」
 睨み合う両者。
 衣谷の手にした剣が、その眼鏡に紫炎を映す。
 低い唸り声が響く室内、いつ爆ぜるとも知れぬ、緊迫の一瞬。
 
 先に動いたのは、衣谷。
 剣を右に引き、左手を添えて、咆哮を上げ跳んで来る。
 踏み込む直前、左に引き直し、両の手にしっかりと剣を握り締め、あらん限りを叩き込んだ。
 四宝院は。
 衣谷に合わせ、“自分も”踏み込む。
 間合いが詰まり過ぎ、しかし剣を振るう手を止める事も出来ない衣谷は、その腕を為す術も無く四宝院に取られる。四宝院は空いた片手で、衣谷の小手を下から叩き、剣を吹き飛ばした。
 制空圏を離れ、剣が消滅する。
 取った腕をそのまま引き、崩れた体勢を立て直すべき片足を、払う。
 背負い投げの要領で投げた、その先には。
 雷撃の使い手が放った電撃で脱落したパネルと、そこに隠されていた高圧線が有る。

 肉の焦げる臭いを残し、衣谷は床へと倒れ込んだ。

「メイフェル、無事か?」
「こ……こ……」
 メイフェルの口が、横一文字に結ばれている。
「怖かったよぉーっ!」
 全く、これが、あの勇壮に日向の技を使って見せた少女だと言うのか。四宝院は苦笑しながら、メイフェルの頭を撫でる。
 
「や、やるじゃない、君たち……」
 その声に、二人は弾かれたように視線を向けた。
 部屋の出入り口、その脇に倒れていた雷撃の男が、口元を歪めながら立っている。
「ちょっとねぇ、予定通り進めさせてくれないかな? 予定が狂うの、すっごい嫌なんだけどさ」
 その周囲に、青白い稲妻が走り始めた。時折閃く雷光が、男の顔を下から照らし出す。
「時間無いから、さっさと殺らせてもらうよ! ねぇっ!?」
 差し伸べられた両手から迸る、幾本もの光の奔流。辺りの、ありとあらゆる物を破壊しながら四宝院たちへと迫っていく。
「メイフェルを殺させは、せぇへんからな」
 四宝院は、静謐に、だが力強く前を睨む。
 負けない。負けられない――

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