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BLACK=OUT

第十章第五話:白い閃光の中で

 音が止まる。
 たった、たった一撃。それだけで、四人は沈黙した。
 地に伏す、第三ビルの侵入者。
「もう一度、言うよ。私の所においで、和真。何も無意味に、そんな所で死ぬ事はない」
 圧倒的に。
 威容が、立つ。
 日向伸宏、今目の前にいる彼は、BLACK=OUT。メンタルフォーサーに能力を与える、その根源。
 己の中に眠る人格から、力を引き出して戦う日向たちと。
 己の力を、思うがままに振るう日向伸宏。

――その差は、あまりにも歴然。

「そんな……所……?」
 切れ切れに紡がれる言葉は日向のもの。救いの無い選択を突きつけられた、黒の者。
「てめぇに……てめぇなんかにっ!」
 想いは力、言は意志。
 立て、立つ、立てる、戦える……!
「壊させて、たまるかぁっ!」
 世界の色が変わる。
 憎悪の紫苑から、怒号の緋(あか)へ。
 伸宏が塗った雰囲気を押しやって、広がっていく。
「あんたみたいな“わるいひと”に……和真は渡せない!」
 大太刀を地に突き、神林が立ち上がる。所々が破れた単も、黒く煤けた朱袴も。
 そんなもの、どうだっていい。
「否定しかないお前が、和真を……この和真を肯定なんて、出来るもんか!」
 左のレンズにひびが入った眼鏡の蔓を押し上げながら、宮葉小路は叫んだ。横へと突き出した左腕の肘に止まる、黒い式神。
「私は……」
 日向と目が合った。マークスは、こくり、と頷く。
「私は和真さんを守ります。大切な人だから、大好きな人だから!」
 赤く。
 朱く。
 紅く、燃える。
 たとえ相手が、規格外れであっても。
 此処を退くなど、出来ようか。
「物分りの悪い息子だ……」
 ため息混じりに漏らし、そして。
 次の瞬間には、その双眸が下から四人を睨め上げる。
 赤く燃える展望室に、爛と輝く青白い瞳。永く夢見た成れの果て。

 四人が、伸宏が、一斉に。

――地を、蹴る。

 左右にステップを踏みながら、日向が接近する。伸宏は剣を両手に持ち、自身の目の前で切っ先をゆらゆらと振っているだけ。
 日向が、五メートルの距離を一息に踏み込んだ。重心は低く、下から抉り込むように伸宏の懐に入る。
「もらった!」
 長剣では、この間合いに対応出来ない。日向は、手にしたシタールで大きく斬り上げる。
「何をだ?」
 剣では応じる事の出来ない間合い――の、はずだった。
 にも関わらず、日向の攻撃は伸宏に届く直前で止められている。
 受け止めたのは。
 不自然なまでに伸びた、剣の柄だった。
「っく!」
 離脱しようとする日向だが、距離が近すぎた。目の前に、急速に接近する伸宏の膝がある。
「ちっ、レジスト!」
 吹き飛ばされる日向に、突き出した膝で踏み込み接近する伸宏。宙を舞う相手に追いつく違和感は、嫌悪すら催す。
「させません!」
 マークスの銃が火を噴く。寸分違わぬその狙いは、伸宏を退かせるに十分だった。連射式に調整された銃の、その引き金を引きながら、空いた左手は自身の胸に忙しく紋を描く。
「ヴェイン-インターミディテッド-リザーブ-クレスト-リリース」
 マークスの胸に浮かぶ、複雑な幾何学模様。銃口に、光が集う。
 決めたんだ。
 逃げたりしないって。
 目の前の現実に、立ち向かうって。
「外さない! “クゥテージ”!」
 その小さな唇が銘を紡ぎ、同時に、方々へ歪曲する光線が撃ち出された。無秩序な弾道の向かう先、集束するはただ一点。
「ぬっ、offset」
 伸宏は、咄嗟にそれを無効化した。打ち消されるテクニカルの、その鮮烈な閃光が目を焼く。
 赤い展望室が白く染まっている刹那、伸宏の目の前に影が走った。
(――乱れた……“朱”かっ!?)
 一瞬の思考も終わらぬ内、伸宏は重心を落として剣を受けに回る。直後に響く、耳障りな金属音。
 受けきったはずだった。
 だがその一撃は、伸宏の体勢を崩し、剣を左へと弾かせる。伸宏の右腕が、あまりの重みに芯から痺れた。
 白い光の幕越しに見えるシルエットは、次を構える。
 手にした大太刀で光の幕を斬り裂いて、飛び出したのは神林。
(あたしは……)
 忘れない、自分が望んだこと。
 自分が、自分の力が“神林流心刀”じゃなくても、関係ない。
 願いの底に在る、想いを。
 絶対に、忘れるものか――!
「神林流心刀――」
 太刀が焔に包まれる。自身から噴き上がる熱波さえも飲み込んで。
「“極滅烈火斬刃剣(きょくめつれっかざんじんけん)”!」
 それを、叩き込む。
 痺れた腕で受ける伸宏と、あらん限りを打ち込む神林と。
 両者の意志が、凄烈に対峙する。
「ロンリィ-エクステンシヴ……」
 詠唱は宮葉小路。既に胸には、難解極まる紋章が描かれている。
「僕の大切なものを奪わせない、壊させない、傷付かせない! ヒトの価値を、そんなものでしか計れないお前に……っ!」
 与えられた価値に、意味なんて無い。
 それを、僕は知っている。
「クレスト-リリース! 終わらせる、“氷舞”!」
 出現した氷の刃、伸宏を中心にそれらは踊る。
 そして、一斉に。
 その刃は、伸宏へと牙を剥く。
 彼の体を切り裂き、突き破り、蹂躙しながら。

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