BLACK=OUT
第一章第五話:黒の裂傷
「日向さん……」
「……ん」
マークスが差し出したスポーツ飲料を、手だけ伸ばして受け取った日向は、一気にそれを飲み干した。
(くはーっ、二連戦か……)
とはいえ、こちらはダウンまで持って行かなくてもいい。
一撃さえ当てれば、それで勝利となる。
(どうでもいいけどな、こんな所……)
軽くストレッチをするエレナを見ながら考える。
(情報を得るなら、ここにいるのが一番都合がいい)
問題は、どうやってこの場を切り抜けるか、である。
制空圏を広げる奇襲は、もう使えない。
かと言って、インファイターと思しきエレナにテクニカルで勝負をかけても、発動まで待ってはくれないだろう。
悔しいが、詠唱速度に関しては、彼は宮葉小路の足元にも及ばない。
「準備はいいかい? 日向!」
まずは相手の出方を伺いつつ、だ。
「行くぞっ!」
障壁の色が変わると同時に、日向はダッシュをかける。
走りながら、両手にシタールを具現化させた。
(機があるとすれば開戦直後の一瞬……!!)
エレナは、構えもしていない。
「はっ!!」
鋭い踏み込みから、右に払う。
が、それより一瞬早く、エレナの体が宙に浮いていた。
「!?」
空を切る剣。
(まずいっ!!)
自分の真後ろに気配を感じた日向は振り向いた……が。
「遅いね」
次の瞬間、日向の体は壁際まで吹き飛ばされていた。
壁に当たり、体が沈む。
(は……はぇ……何だあれは……)
右の後回し蹴りであったのはわかるが……光の軌跡にしか見えなかった。
(ちっ……ノーガードで食らっちまった……)
よろよろと立ち上がるが、今の一撃だけで膝が笑っている。
「バカ力が……」
一撃が重たすぎる。
こちらもカウンターを狙っていくしかない。
「どうしたの? もう終わりかいっ!?」
数メートルはある間合いを一気に詰め、エレナが迫る。
(右の前蹴り……!!)
体を右へかわしながら、すれ違いざまに斬る。
が、そこにエレナの体はない。
「なっ!?」
エレナは、軸足である左足だけで、日向の間合いの外へ跳んでいた。
「隙だらけだよっ!!」
完全に虚を突かれ、エレナの左足が腹部に直撃した。
「がはっ!!」
さらにエレナは、もう一度左足で日向を蹴り上げる。
日向の体が、宙に浮いた。
「堕ちな!コールディングインパクト!!」
右の後回し蹴りがヒットし、日向はまた吹き飛んだ。
「ぅがはっ!!」
口の端から鮮血が一筋、つぅ、と流れる。
(まずい……このままだと……手が……出せね……)
とにかく、立ち上がらなければ。
「ほほー、まだ立ち上がるんだ。頑張るねぇ……日向」
――余裕だな。ヘラヘラ笑いやがって。
こうなれば、一か八かに賭けるしかない。
(フェイントアタック……このために両手にシタールを出したんだ)
直前に出しては、何か仕掛ける、ということがバレてしまう。
もしもの時の保険だったが……。
「――っ!!」
痛む傷を抑え、エレナへ駆ける。
「はっ!」
踏み込み、右の剣で払う。
予想通り、エレナの体が宙に浮き、日向の剣は空を斬る。
(後ろ……っ!!)
日向は、踏み込んだ右足を軸に素早く体を右回転させ、体を沈める。
直後、彼の頭上をエレナの右足が通過した。
(今だっ!)
かがんだ姿勢から、左手を払う。
――しかし。
エレナが、軸足だけで体を半回転させながらふわりと跳んだ。
日向は、低い姿勢が災いし、エレナの跳躍に剣が付いていかない。
シタールは、エレナの左足の下ギリギリを、ただ通過しただけだった。
「――馬鹿なっ!!」
跳んだエレナは、そのまま、右足を肩の高さにまで持ち上げて振り下ろした。
「沈め! ショルダーアウト!!」
高速で打ち下ろされた踵は、確実に日向の左肩を捉えた。
ガンっ、という衝撃と共に、日向の意識が遠のく。
彼の体が、ずるり、と地面に落ちた。
――どこかで……見たことがあると思ったんだ……。
闇に覆われていく視界と戦いながら、日向は考えた。
エレナ=フォートカルト……。
こいつは……。
障壁の消滅を待って、エレナがリングを出る。
「マークス、日向を医務室に持ってって。伸びちゃってるから」
「は……はいっ!」
隣室に控えているスタッフへ、マークスが走っていった。
「ふーっ、ヒヤヒヤもんだよ。動きは素人のくせに、いいセンスしてる」
全く疲れてなさそうな顔で、エレナは左拳で額の汗を拭う格好をしてみせた。
「日向和真……か。鍛えれば、かなりの使い手になりそうだね、うん」
彼には、現在穴がある「マルチファイター」として戦ってもらおう……そう思案していると、四宝院たちが降りてきた。
「エレナさん、おつかれさまです」
「マークスさんはぁ、医務室ですかぁ?」
差し出されたタオルとスポーツ飲料を受け取りながら、
「ああ、日向を運んでもらった……似てるね、アイツ」
そう、目線を医務室の方へ向けながら言った。
「え? 似とるかな?」
「雰囲気、ちょっと似てる……」
目を細めてつぶやくエレナに倣い、二人とも同じ視線の先を追う。
彼女らの目には、同じ人物が像を結んでいた。