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BLACK=OUT

第十章第八話:白光、そして、崩壊

――吾は愚者。

 轟然たる爆音の響く、崩壊間近の展望室。微かな音など跡形無く掻き消されるその中で、彼の透明な韻は抜けるように染み響く。

――普く真を露知らず、虚なる仇こそ終為さん。
  偏執なる妄執に堕ち、携えんと差す手を絶つ。

 俺は、馬鹿だ。
 こんなにも、守りたいのに。
 こんなにも、守られたのに。

――愚かなる吾に齎されし奇跡、その軌跡。

 想いを、そのまま示すんだ。
 願いを、そのまま紡ぐんだ。

――吾願い欲す、其を守る力、其を救う力。

 だから、力を貸してくれ。
 母さん、宮公、命……

……マークス!

――故に、吾は命ず。
  封神の法の名の下に、吾がBLACK=OUTを、永久に封ぜよ。

 宮葉小路から、神林から。
 碧の、朱の光がいづる。
 マークスから、日向から。
 白の、黒の光がいづる。
 四光は互いに螺旋を描き、日向の右手へと集束した。燦然たる煌きは、想いの証。守る、必ず、守りきる――!

「BLACK=OUT――!」
 日向が、叫ぶ。
 その想いを、その願いを、その未来を。
 それら全てを力に変えて。

「これで――!」

 差し向けられた右手には、封神の力。
 四人を繋ぐ、確かな絆。

「終わりだあぁっ!」

 その、眩いばかりの白光に。
 BLACK=OUTが貫かれる。

「そんな、ぼくは……ぼくは真の人格だぞ! こんな、こんな、こんな奴に、“鍵”無しで封印されるなんて……!」
 光に――封神の力に蝕まれ、消されていくBLACK=OUTが顔を歪める。絶対的に強いはずだった。自分の方が、ずっと上の“存在”なのに、と。
「お前は、俺だ!」
 掌から閃光を迸らせ、日向は叫ぶ。その、BLACK=OUTと同じ顔、同じ声で。
「きっとずっと中にいたお前が、傷を全部受け止めたって、俺が傷付かなかった訳じゃない!」
 凄烈な光景だった。解放されればどれだけの力があるか解らないほどのメンタルフォースで構成されたBLACK=OUTが、一抱えはあろうかという太さの光線に掻き消されていく様は。
「俺とお前は同じで! 俺には守りたい奴がいる! 守りたい想いがある! それだけで――」
 もう、BLACK=OUTは何も言わない。否、言葉を紡ぐなど、出来ようも無かった。
 微かに、人格の残り火が燻っているだけ。
 しかし、それも。
「――それだけで、十分だ」
 その日向の一言と共に、散っていった。
 後に残されたのは、柱と言わず床と言わず、縦横無尽に亀裂の走る展望室と。
 四人の、男女の姿だけだった。

「――勝ったん、ですね……」
 暫し続いた沈黙を破り、マークスが呟く。
「ああ、終わったんだ、これで」
 宮葉小路が、後ろに立つ日向に目を遣りながら言った。
「勝ったんだよ、僕たちは」
 彼の言葉をきっかけに、神林がようやく満面の笑みを浮かべる。
「やった、やったんだね、あたしたち!」
 互いに手を取り、歓びを分かち合う宮葉小路、神林、マークス。その、耳に。
 階下からの爆音と、四宝院の慌てふためいた声が届いた。
『あかん、ノースヘルの部隊が、第三ビルの一階を爆破しよった!』
 その声に連動するかのように、展望室にいる四人を強烈な揺れが襲う。
『多分、日向伸宏博士の指示やったんやろ! このままやと第三ビルは崩壊する! はよそこから逃げな死ぬで!』
――やってくれた。
 そう、宮葉小路は思った。伸宏博士は、自分が敗れた際の次善の策まで打ってあったのだ。
「急いでここから脱出する! 和真、歩けるか?」
 封神の力を使ったせいだろうか、床に膝を付いていた日向は、しかし静かに頭を振った。
「間に合わねぇよ。多分、エレベーターは止められてる。ここから階段だけでなんて、無理だろ」
「何言ってんの和真! やってみなきゃ解んないでしょ! ホラ、行くよ!」
 神林がそう言って、日向に手を伸ばした。だが彼はその手を取らず、自力で立ち上がる。
「心配すんな。みんなは……俺が、絶対に死なせない」
 力強い言葉で。
 微かな微笑で。
 日向は、言い切った。
「封神の力で、みんなを“封じ”、ビルの外、安全な場所に“呼び”出す。そうすりゃ、一瞬だ」
 なるほど、と納得した顔の神林。だが宮葉小路は、難しい顔で日向に問うた。
「で、術者であるお前はどうなる?」
 確かに、自分自身を“封じ”る事は出来る。だが封じられてしまえば、“呼び”の祝詞を紡げない。彼の言う方法では自分自身を移動する事は叶わず、実行するには日向がここに残らなければ無理だ。
「か……和真……さん……」
 マークスは、青い顔。彼女の、最悪の予想を肯定するように、日向が言う。
「俺は、ここに残る。――お前らを、死なせたくないんだ」
 彼の背後でひとつ、コンクリートの塊が落ちて――床を、打ち抜いた。

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