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BLACK=OUT

第六章第四話:白き突破口

 何かが降りた。
 今まで気付かなかった、黒い影。
 それはずっと傍にいて、

 それはずっと傍にいた。

 マークスが欠けたMFTは、深い霧の中を進んでいく。
 並外れた感知能力を持つ日向も、彼女を捉えられないでいる。
 突然機能を停止した、彼らのデバイス。
 これらの状況が、ある可能性を指し示している。

――ノースヘル。

 露店街で起きたあの事件と、この事件はあまりにも酷似していた。
 最も考えられるのは、この周囲に何らかのMFCが取り付けられている、ということだ。
 狭い視界の中、恐らくは唯一と思われるその突破口を探した日向たちだったが……。
「あーっ、もうダメ。全然見つからないよ」
 神林が両手を上げて降参の意を示す。
「これだけ探しても無いだなんて……一体どうなってるんだ」
「どっかに埋め込まれてるんじゃねぇか?」
 日向、宮葉小路ともに疲労の色が濃い。
 五感のうち一つを奪われているのだ、無理もない。
「それは無い。データを見たが、この周辺はノースヘルの所有じゃない。これだけの広範囲に電波障害を起こせるMFCを埋め込むなんて無理だ」
 八方塞。
 マインドブレイカーも、ましてやメンタルフォーサーの気配すらない現状では、まさに何も出来ない。

――おかしい。

 疲れて座り込んでいる神林を眺めながら、日向は考える。
 見れば、そんな彼女を宮葉小路がなだめすかしつつ歩かせようとしていた。
(ノースヘルが関わっているのは確実。……なら、必ずアイツが絡んでいる。 ここに俺が来ることだって計算済みのはずなんだ。なら、なぜ動かない……)
 考えうる、唯一の可能性。
 それは。

――敵は、もう動いている……!

「そうか、マークスを……っ!!」
 γ5区の気象データでは、これほどの霧が発生するはずがない。
 これは作られたもの。
 そして、これが全ての元凶。
 手のひらにあるピースが、音を立ててはめ込まれていく。
「命、宮公! ここには敵はいねぇ!!  この霧を発生させている装置が、どっかにあるはずだ!! それを壊せば終わるぜ!!」
「霧の? しかし、そんなものがどこに……」
「わかんねぇよ、そんなもん!  どっか高ぇ場所に登って、一番霧が濃い位置をしらみつぶしに探すしかねぇだろ!!  急がねぇと、マークスが大変なことになるぜ!!」
 叫ぶ日向の目には、確信めいた何かがあった。
「……わかった、和真を信じるよ。でもどうする?  敵の気配も無いし、固まって行動していたら時間掛かってしょうがないでしょ」
 神林が言った。
 しかし、日向の予想が正しければ……。
「間違いなく、ここには敵なんていねぇ。 『見えないMFC』が作り出した、幻影に過ぎねぇよ」
「……わかった。全員散開して濃霧を作り出している装置を捜索、これを破壊する」
 宮葉小路が締め、三人の視線が交錯する。
「和真……」
「命、多分……間違いなく、こんな事をするのはアイツだ。 もし見つけたら……その時は、奴を殺す」
 そのために、彼は生きているのだから。
 しかし、日向を見る神林の目は哀しみを帯びている。
「和真……無茶しないでね。何かあったら、絶対に呼んで」
「………………」
 何も言わず、日向は駆け出した。
 過去という名の未来が、彼の目指す場所だから。

 足元すら危うくさせる霧の中、神林はしっかりと地を踏みしめ駆けていく。
 別れ際に、日向が残した言葉。
 彼は、まだ仇の姿を追い求めているのだ。
「ホント……三年前から、何にも変わってないや、和真」
 いや、きっと三年前じゃなく。

 母親を失った十年前から、変わらないのだろう。

――十年前。

 ふと、懐かしい風景が脳裏に蘇る。
 朱に塗られた境内。
 目の前にいるのは、従弟の子。
 彼は、手に丸めた新聞紙を持ち、掛け声とともに女の子と打ち合っている。
 あの子は、チャンバラが好きだった。
 夕日が朱の境内を赤く染め、斜陽が暖かい空気を濡らしていく。
 ひとしきり遊んで、二人は石畳の階段に、並んで腰かけるのだ。
『あたしね、おおきくなったら、ししょうになるんだ』
 隣に座る男の子に、そう語りかける。
『けんのししょうだよ。すごくつよいんだよ。それでね……』
 でも、男の子は興味が無さそうに、目の前の夕日だけを見つめて。
『わるいことするひとを、いっぱいたおすんだ』
 そこで初めて、男の子はこちらを見た。
『……つよかったら、わるいひとをたおせるの?』
 うん、と、彼女は大きく頷いた。

 あの子はチャンバラが好きだった。
 でも、一度も笑いはしなかった。

 その従弟にも、もう十年会ってない。
……正直、顔もよく覚えてないのだが。

 そこまで考えた時、神林は駆ける足を止めた。
 恐らくは真っすぐ伸びているであろう幹線道路のずっと先、霧の向こうに誰かがいる。

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