BLACK=OUT
第五章第三話:黒き殺戮
「発生から二時間……ちっ、誰も気付かなかったのかよ」
マインドブレイカーの出現通報を受け、日向たちMFTはδ4区に来ていた。
どうやらB.O.P.のセンサーにも引っ掛からなかったらしく、通報を受けた時点で既に汚染度は区全域の70%にまで達していた。
「……しかし、おかしいな。汚染度の割にはマインドブレイカーの数が少ない」
宮葉小路が、小首を傾げる。
「ですが、一体一体のレベルが桁違いです。たぶん、それが汚染度の底上げに繋がっているんですよ」
手許のデバイスを見ながらマークスが言った。
「関係ねぇよ。どれだけいようが強かろうが、俺はそいつらをぶっ潰すだけだ」
日向がフン、と鼻を鳴らす。
「日向さん、お願いですから……単独行動は避けてくださいね」
「ハッ、知るかよそんな事」
ふい、とそのまま、日向は行ってしまった。
「あ、ま……待ってくださいよっ!」
「………………」
先に立つ日向の背中を見る宮葉小路は、複雑な思いを隠せない。
(闘えるのだろうか……僕は)
それが、自分となのか、日向となのか。
それともマインドブレイカーや母体を相手に、なのか。
或いはその全てを指すのか、彼自身もわからないまま、今再び戦地に立っている。
「何と闘えばいい……エレナ……」
呟き、すぐに頭を振って日向の後を追う。
とにかく、今は敵を倒さなくてはならない。
それが、ただ一つだけ確かな事だった。
◇
少女は、ただ思いをばら撒き続ける。
――スベテ ナクナッテ シマエバイイ
彼女が生んだ異形は、数こそ決して多くは無い。
だが、無に帰す少女の願いが凝られたマインドブレイカーは、他者の精神構造を徹底的に破壊する力を秘めている。
そしてまた、少女自身も周りの世界を壊し続ける。
目の前に、親子連れがいた。
父と母、そしてその二人と両手を繋いだ少年。
マインドブレイカーは、メンタルフォーサー以外見ることは出来ない。
が、元人間である異形、母体である少女は別だ。
歪んだ精神が歪めた体構造、能力行使のために変態した体躯は、一般人でも目に入る。
とりわけ。
少女は、とびきりの異形だ。
彼女を見た三人は、揃い顔一杯に恐怖を見せる。
――ナゼ ソコニ イル
少女の両腕が、ヴ……と耳障りな音を奏でる。
――ワタシハ ヒトリナノニ ナゼ オマエハ テヲツナイデクレル ヒトガイル
もう、止まらない。
止めることなど、出来ようか。
淡く紫に光る両手を、少女は親子へ向けた。
壊したい。
壊したい。
壊したい。
僅かの逡巡も無く、少女は力を解放する。
狙い澄まされた怨みの矢が三本、的を違えず解き放たれる。
吸い込まれるように。
それは親子連れを刺し貫いた。
「――――――――」
母親らしき人物が、傍に倒れた少年に何か言っている。
父親らしき人物が、血まみれでこちらへ這って来ている。
往生際の、悪い。
少女は、力で彼らに重石を載せた。
ぐしゃり。
なんて簡単に、世界は壊れるのか。
これなら。
少女の世界が、いとも簡単に壊されたのも頷ける。
少女は、今や壊れた破壊者。
終わらせた世界は、これで90人分。
◇
むせ返るような臭い溢れるそのビルへ、三人は足を踏み入れた。
「…………っ!」
思わずマークスが口を押さえ、顔を背ける。
「…………酷いな……」
僅かに残ったパーツから、これが三人分の遺体であることがわかった。
かすかに残留する気配から、この凶行がメンタルフォースで行われた事は確かだ。
が、並みの能力者では、ここまで人を潰せないだろう。
「間違いねぇ、こりゃあ母体の仕業だぜ」
足元をちらりとだけ見た日向は、目の前のエレベーターに視線を移した。
「……屋上だな。待ってろ、今すぐ叩き潰してやる」
果たして、そこに母体はいた。
中学生くらいだろうか、乱れた長い髪が宙を舞っている。
「コワレテ……シマエバイイ……ゼンブ……ゼンブ……ゼンブ!!」
宮葉小路が思わず一歩後ずさる。
「……完全に壊れてやがる」
シタールを手にした日向が、母体に意識を集中させて言った。
「一人で突っこまないで下さいね、日向さん。まだ母体の能力が……」
「知るかよっ!!」
マークスの制止も聞かず、日向は走り出してしまった。
「……っく、馬鹿が!!」
悪態をつき、宮葉小路が式神を呼ぶ。
僅か二時間で区一つを全滅させた母体だ。
到底一筋縄では行かないだろう。
距離を詰める日向へ、母体が言葉を漏らした。
「オトウサンモ……オカアサンモ……コロサレタノニ……ドウシテ……アナタタチハ……イキテイル……!?」
その言葉に、日向の体が一瞬止まる。
次の瞬間、彼の体は母体のメンタルフォースに体を貫かれていた。