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BLACK=OUT

第五章第六話:黒の再会

 「絶対に、守るから」……そう、少年だった頃の自分は言った。
 お前は、お前だけは絶対に守るから、と。
 きっと、自分が覚えている、大切なあの人の言葉を、知らず紡いでいたのだろう。
 記憶は、風化する。
 今、自分が戦っている理由であるあの人の事も、もうほとんど覚えてはいない。
 ただ、幼かった自分に目線を合わせ言ってくれた、あの言葉、
「あなただけは、絶対に守るから」
……それだけは、覚えている。
 その言葉通りに、あの人は自分を守ってくれた。
 だから……誰かを守りたいと思ったとき、自然と同じ言葉が漏れた。
 唯一、あの人と違った事といえば……。

 自分は、大事な人を守れなかったこと。

 彼……日向和真が、再び力を……強さを求め始めた瞬間だった。

 夜半から降りだした雨は、夜明けには止んでいた。
 雲間から差し込む陽光が、アスファルトに煌きを与える。
 これじゃあ眩しくて車に乗れねぇよ、と日向は顔をしかめた。
 今日はあまり気乗りしない外出だが、否が上にも出かける気が失せる。
 しかし、「彼女」と再会してしまった以上、もう逃げるわけにも行かない。
「ったく……神社はどうしたってんだ、あのお転婆」
 会いたい相手では無いが、さりとて約束を違えようものなら、冗談ではなくこのB.O.P.まで大太刀を携え乗り込んで来かねない。
 それだけは、避けたかった。
 キーを回し、シャツの胸ポケットから黒のサングラスを取り出して、掛ける。
 約束の時間まで、あと20分。
 待ち合わせ場所まで、約30分。

 昨日の戦闘で出会った少女は、名を神林命と言い、山手の町の神社が彼女の実家で、そこで巫女をしている。
 また、「神林流心刀」と呼ばれる剣術流派の総本山で、彼女自身、その師範代でもあるのだ。
 日向に言わせれば、それもメンタルフォースに他ならないらしいのだが。
 この街から、彼女の実家まで直線距離にして約20キロは離れている。
 まさかこんな所で会おうとは、日向は夢にも思わなかった。
 ……いや。
 会わないように、この街まで来た……が正しいか。
(髪……伸ばしたんだな、あいつ)
 中身は変わってないけど、と日向は考える。
 あまりにも、何も変わってないが故に。
 まるで昨日の事の様に、三年前の記憶が蘇ってしまう。
「………………!!」
 ぶん、と頭を振り、湧いてきた雑念を振り払う。
 惑わされるな。
 俺は…………

 戦うために、生きている。

 予想通り、約束の喫茶店には10分遅れた。
 少女……神林命は、店の一番奥、四人掛けのテーブルに一人で陣取っている。
 相変わらず、この店でも巫女服で通しているらしい。
 若者受けしそうな、モノトーンの配色がなされたシックな店内に、朱が見事に浮いている。
 伝票を見ると、HC1とだけ書かれていた。
「遅いぞ、和真っ」
 立ったままのこちらを見上げ、ぶうっと頬を膨らませて神林が抗議している。
 ちゃっかり上座に座っているのが彼女らしい。
「一つ訊くが、何時間前からいる?」
「二時間前」
 ケロッと答える。
「レディを何時間待たせるつもりかね、日向君」
 ティースプーンをついっついっと回し、神林が言う。
「……約束の時間は9時だろ。何で7時からいるんだよ」
「7時開店だから、この店」
 ……頭痛がしてきた。
「で、開店からホット一杯で今まで居たのか」
「だってこの店、コーヒー以外飲めたもんじゃないもん」
 日向は、密かにこの店の店長に同情した。
「で、呼び出して何だよ、用があるならさっさと言え」
「遅れてきたくせに何だぁ!」
 ぶんぶんとティースプーンを振り回す。
 少なくとも巫女、いや年頃の女の子の仕草ではない。
「まあ、今日はヒマでしょ?」
「出撃命令が出なきゃな。一応外出願いは出してきた」
「じゃゆっくりしよう」
「勘弁してくれ……」
 神林が、かちゃっとスプーンをソーサーに戻した。
「だってさ……」
 その目は、少し寂しそうに。
「……三年ぶりなんだよ?  和真が……消えてからさ」
「………………」
 そうだ、やっぱり自分は彼女に会ってはいけない。
 彼女を見ては、いけない。
「…………俺……!」
「じゃあこうしよう!」
 言いかけた日向を遮って、神林がポンと手を叩いた。
「三年ぶりに会えたんだからさ、久しぶりにデートしよう!」
 そう言うが速いか、テーブルの伝票を掴んでレジへと行ってしまう。
「ちょ……おい、デートって……」
「ひっさしぶりだもんねー、どこがいいかなぁ……」
 駄目だ。
 あの笑顔を見ていると……何故かとても辛い。
「ほら、行こうよぉ」
 ぐい、と左手を引っ張られる。
 先を駆けて行く少女、神林命。
 夜半からの雨は、明け方には止み。
 濡れたアスファルトが、朝の陽光に煌く。

 記憶は、風化する。
 だが、彼女と言う名の太陽が、それを鮮やかに浮かび上がらせる。
 振り返る彼女の笑顔は眩しく、それが悲しかった。

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