インデックス

シリーズ他作品

他作品

BLACK=OUT

第三章第四話:碧の激昂

「……一人か。随分舐められたもんだな、俺も」
 男は答えない。
 長い……地面まで届こうかという革のロングコートを身に纏った男の、優に190㎝はあろう身長は圧倒的な威圧感を醸し出す。
「な……何者だ、おまえは!」
 気圧されたか、日向とワンテンポ遅れて宮葉小路が叫ぶ。
 マークスも後ろ腰の銃に手をかけ、臨戦態勢をとっている。
――それほどまでに。
 彼は、普通ではなかった。
「日向……和真……」
 数秒の沈黙の後、男は口を開いた。
「貴様を迎えに来た」
「なにっ!!」
 宮葉小路が、いつでも戦えるよう神経を集中しながら問い返す。
「日向に……こいつに、何の用だ!」
「時が来た」
 対する、コートの男はただ立っているだけである。
 しかし、気を緩めると飲み込まれてしまいそうなほどの殺気に満ちている。
「あの方が、貴様を呼んでいる」
 短く、男は言った。
「日向さん……一体……」
 マークスが、下から覗き込むように日向の顔を伺う。
「わかんねぇか。俺はまだ目覚めねぇ……目覚めてたまるか」
 正面から男を睨み、日向が吐き捨てた。
「当然だ……貴様達が、この『結界』に入らなければ、計画を早める必要もなかった」
 男は、淡々と口にする。
「計画ではまだ先だったが、よほど貴様に会いたかったのだろうな、あの方は」
「あいつが殺せるチャンスではあるけどな……俺とて、まだ『鍵』は揃ってねぇ。 ――今、行く気はねぇよ」
「日向……一体何の話を……」
 突然の話についていけない宮葉小路が、二人の会話に割って入る。
「てめぇには関係ねぇよ。それより、ここに大量のMFCを仕掛けたのはこいつらだぜ」
 そう、B.O.P.以外に特殊心理学に詳しいのは、一人しかいない……。

――やっと、見つけた。
 憎むべき、仇の手がかりを。

「こんなに大量のMFC……技術は、B.O.P.しか持っていないはずだ! お前は一体……」
「貴様に用は無い」
 男を問い詰めようと叫んだ宮葉小路の言葉は、しかし遮られてしまった。
「な……何だと……!」
「日向以外に用は無いと言っている。貴様、B.O.P.だな。殺しても構わんのだぞ?」
 相変わらず棒立ちのまま、男は言い放つ。
 それは、宮葉小路の自尊心を傷つけるに十分過ぎた。
「殺す……だと? 誰が……」
 宮葉小路が、右手をバッと薙ぎ払う。
「誰が……誰を殺すんだ!?」
 右へ突き出された手に、力が収束していく。
「愚問」
 男はそれだけ言うと、視線を宮葉小路から外した。

――宮葉小路の、最後の理性が、切れた。

「式っ!!!!!!」
 あらん限りに叫ぶ。
 右手を横へ突き出したまま、宮葉小路は左手を垂直に上げた。
 その先端へ、彼の式神が止まる。
「……やめた方が、いいと思うぜ」
 日向の言葉も。
「だ、ダメです宮葉小路さん!」
 マークスの制止も。
 彼の耳には届かない。
「行けっ!!!!」
 宮葉小路が、左手を男へと振り下ろす。
 両の翼を大きく広げ、式神が飛ぶ。
 次いで、力を収束させた右手を振り詠唱を開始した。
「ヴェインロワーダークネスフォッグディスタンスセィー……ヴェール!!」
 闇の霧が、男目がけて加速する。
「へえ……式神との二段攻撃か」
 式神を回避すれば、術は直撃する。
 式神をガードしても、威力は落ちるが術は直撃する。
 回避不能の連携である。
 今まさに、その一撃目が男を捉えようとしていた。
 この状態にあって、男はまだ立ち尽くしたままである。

――当たった。

 宮葉小路は、そう確信した。
 しかし……。

  一瞬、男の体がぶれて見えた。
 次の瞬間には、式神は男の後方へ飛び去り、男はその射線外ギリギリの所に移動していた。
「組み立ては悪くない。だが……」
 男は、迫り来る二撃目を前に、左手を差し出す。
「Offset」
 その一言と同時に、男の手から出現した力の塊と、宮葉小路のテクニカルがぶつかりあう。
 紫の霧と黄金の球は、しばらく激しく火花を散らすと、やがて収縮していった。
「だが、式神を先に出すには詠唱が長すぎる」
「!! ……まだまだ!!!」
 間髪入れず、宮葉小路が次の詠唱を始める。
 だが、しかし。
「我が言を理解せぬか。同じ事をしても速くなど詠めん」
 男は、表情一つ変えずに右手を差し出すと、詠んだ。
「Burn」
 その一言だけで。
 宮葉小路の周囲が燃え上がり、地面が爆ぜた。
「宮葉小路さん……!!!」
 ドン、という大音響を伴い。
 砕けた地面は、宮葉小路と共に宙を舞い、そして落ちた。
「ぐ……っ!」
 左肩から叩きつけられ、呻く宮葉小路。
「多少手荒でも構わない、との事だ」
 ずしりと、男は声を響かせた。
「そこの二人に関しては、死んでも構わん。日向、貴様を連れて帰れば、それで良い」
「誰が……死ぬんだ……これくらいで……」
 体から地面の欠片を降らせながら、宮葉小路が立ち上がる。
「日向を……連れていくだと? ……笑わせるな……」

ページトップへ戻る