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BLACK=OUT

第七章第一話:碧の揺らぎ

 例えば。
 誰かを悪と、そう決め付けたとき。
 決め付けたその者は正義であるだろうか。

 己が正義であると信じ、自分は戦っている。
 否、誰もが己の正義を信じ、闘っている。
 そこに悪は無く、ただ信念があるのみ。
 誰もが正義であり、誰もが悪でもある。
 相対する二つの螺旋。
 それでも、目の前にいる者を悪だと言い切らなければ。
 断罪すべき者と言い切ってしまわなければ。

 戦う勇気が、持てないから。

 果てなく続く濃霧の中、宮葉小路は駆ける。
 呼び出した式神に周囲を探らせつつ、日向の言ったこの霧の発生器を探しているのだ。
「とは言え、この霧だぞ。そう簡単に見つかるとも思えないんだがなぁ……」
 ともあれ、日向によればマインドブレイカーはいないらしい。
 現に本部でもMBアトモスフェアを感知できていないのだから、事実だろう。
 そう考えながら、ビルの角を曲がったときだった。
「……あれは……」
 ちらりと見える、紅い服。
「まさか……そんなはずは……」
 そう思いながらも、気付けば宮葉小路は、その影を追っていた。

「ちっくしょ、あれからもう20分も経ってやがる!」
 デバイスの時刻表示を見ながら、日向は独り毒づく。
「多分、これはただの霧じゃねぇ。極小サイズのMFCの類だ。 下手したらマークスの奴……」
 そうだ。
 MFTを壊滅させるのに、マインドブレイカーなど要らない。
 彼らとて人間なのだ。
 MFCを用いて、彼らの精神に介入し、内側から「壊して」しまえばいい。
 真っ先にマークスが脱落したのは、それだけ彼女が「壊し易かった」からだろう。
「理由はわかんねぇけど、あいつ……相当狂ってる」
 初めて彼女と会った時から気になっていた。
 一見してマークスは普通の少女だ。
 どこにでもいそうな、ただ普通の。
 だが、彼の目には、その振る舞いそのものが異常に映った。
 そしてMFTに入隊してからもなお、その思いは強くなる。
 彼女、マークスは……。
「自分自身の感覚を、失くしちまってる」
 恐らくは、自分自身に降りかかった出来事であっても、まるで映画でも観るかのように感じられるに違いない。
 今はとにかく、一刻も早くこの霧を消すことだ。
 先刻から、霧は濃さを増している。
 発生器があるとすれば、間違いなくこの周辺だろう。

――あの娘が壊れている、か……。

 その時、声が響いた。
「っ!! この声は……!!」
 間違えるはずがない。
 これは、憎き仇の声。
「どこだ、どこにいるっ!?」

――お前とて、今まで色々なものを壊してきたはずだ。

「ふざけるな!! 俺の全てを……家族をっ!! 全部、全部壊したお前がっ!!  それを言うかっ!!!!」

――そんなお前が、今度はあの娘を守りたい、か。ふ……これは面白い……。

「何が!! 出て来い、今すぐ!! この手でぶっ殺してやるっ!!!!」

――忘れるな、和真。
 お前は『黒の者』、恨み、妬み、憎しみ、心の闇が生み出す負の力、破壊の権化。
 守護者などではない、お前は破壊者だ。

「ああそうさ、わかってんじゃねぇか!! 俺はアンタを殺すために生きてる!!  アンタを殺すために色んなもんを捨てた、壊した!!誰がどうなろうと知ったことか!!  邪魔なもんは全部ぶっ壊す!! そして、アンタを殺すっ!!! それだけだっ!!!!」

――なら、壊せ。お前を遮るもの全てを。その道の行く果てに、必ず私はいる。

 頭の中に響いていた声が遠のき、同時に背後に強いメンタルフォースを感じる。
「今の言葉、本当か、日向」
 振り向けば、そこには宮葉小路が立っていた。

「確か、こっちに……」
 複雑な裏路地を抜けると、一本の非常階段。
 見上げれば、雑居ビルの屋上までその階段は続いている。
 五階建てのビルだ、上まで登ってもさほど時間はかからない。
 宮葉小路は、そのまま階段に足をかけた。

 ほどなくして。
 彼は、彼女に追いついた。
 ずっと変わらない、その姿は、彼の記憶そのままで。
 振り向いた彼女の顔は、苦痛に満ちていた。
「利光、怖いよ、ここ……」
 喉の奥から搾り出すように、訴える。
「エレナ……僕は……」
「どうして、アタシが苦しまなきゃいけないの? 助けて……利光……」
 エレナは、宮葉小路へと手を伸ばす。
 彼も、エレナへと手を伸ばす。
 が、その腕をいくら伸ばそうとも、彼女へは届かない。
「助けて」と、そう繰り返して。

 エレナは奈落へと、落ちていく。

 白く立ち込める霧の中、二度目の慟哭が轟いた。

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