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BLACK=OUT

第六章第一話:白が望むもの

「……遅いなぁ、日向さん」
 B.O.P.のエントランスホールで、マークスは帰りの遅い日向を待っていた。
 寮とは言え、特に門限が設けられているわけではない。
 が、慣例的に、夜十時を過ぎるような時間帯にまで出歩く事は滅多に無い。
 時計は既に、夜半を回っている。
 既にホールには人気は無く、そこに居るのはマークスのみ。
「お友達と会って……何してるのかな」
 気を抜くとそういう考えが頭をよぎり、慌ててそれを振り払う。
 四宝院から、日向の外出の話を聞いてから、ずっとそれを繰り返していた。
「遅いなぁ……心配だなぁ」

――何が?

 心の中の、もう一人の彼女が問いかける。
「事故に遭ったんじゃ……とか……」

――違うでしょ?

「他に何があるっていうの?」

――いずれ、気付くわ……貴方も。

 既に消灯時間を過ぎたホールは暗く、ただ常夜灯が微かに浮かぶだけ。
 正面の柱に設置されたアンティークだけが、カッ、カッと規則正しく時を刻む。
「あ……この気配……」
 マークスがそれに気付き、顔を上げると同時に。
「? マークス、んなトコで何やってんだ?」
 彼女の待ち人は、現れた。
「日向さんを待ってたんですよ。あんまり遅いから……」
「ああ、まあちょっとトラブってな」
 時計を軽く見遣りながら、日向は言う。
 あまり詳しくは話したくなさそうなその態度に、マークスの鼓動が一瞬、大きくなった。
「あの……し、四宝院さんから……聞いた……んです……けど……」
 さすがに、言いづらい。
日向は、怪訝な顔でこちらを見ている。
「お……お友達と……会われてたって……」
「ああ、そうだけど?」
 だから? と日向の目が言っている。
「そ……それって……」
 全く、自分でもどうかしている、と思う。
「この間の戦闘で助けて下さった……女の人、ですよね、朱袴の……」
「ああ」
「その……楽しかった……ですか?」
 だが、尋ねずにはいられない。
 理由は……自分でも解らないのだが。
「別に……。不快だった訳じゃねぇし、別段楽しかった訳でもねぇよ」
 ぶっきらぼうに日向は答える。
「そ、そうですか……」
 言ってから、マークスは慌てて言い足した。
「あ、いえ、別に日向さんのプライベートに踏み込もうとか……そんなつもりは……!」
「はぁ……?」
 日向の表情に、半ば呆れが混じっている。
 目が、「コイツは何が言いたいんだ?」と言っていた。
「何か良く解んねぇけど、いいからとりあえず寝ろよ。目ぇ真っ赤だぞ」
 右側頭部をボリボリと掻きながら、日向は言った。
「え? あ、はい、す、すみませんっ!」
 勢いで、ついペコリ。
「んじゃ、俺部屋に戻っから」
 そんなマークスを置いて、日向はさっさとエレベーターに向かってしまう。
(………………)
 その背中を見て、マークスは少し悲しくなる。
 自分ですら、自分が何故こんな事をしているか解らないのだ。
 他人である日向に、それが解ろうはずが無い。
(私は……何を、どうしたいのかな……)
 ふぅっとため息をついて、歩き出そうとしたその時だった。
「あ、そうだ」
 日向が、不意に思い出したかのように振り向いた。
「言い忘れてた。理由は良く解んねぇけど……」
 いつも通りの無表情で。
「待っててくれてありがとな。心配させて悪かった」
 初めて、日向はそう言った。

 部屋へ戻っても、まだマークスの顔は緩んでいた。
「日向さんが……お礼を言ってくれた……」
 嬉しさからか、ベッドにうつ伏せの姿勢で勢い良く飛び込む。
 普段は、決してこんな事はしないのだが。
「うん……良かった……」
 枕に顔を埋めて、マークスは呟く。
 程なくして、マークスは深い眠りに落ちていった。
 どんな夢を見たか、覚えていない。
 だが、楽しい夢だった事だけは、確かだった。

――そして、一週間後。

「あ……あなたは……」
 MFT作戦室。
 マークスは、思わず絶句する。
 朝、いつものように仕事を始めようとしたところ、彼女が作戦室にやって来たのだ。
 驚いているのは皆同じ。
 唯一驚きを見せなかった日向は、いつにも増して不機嫌な表情だ。
「初めまして! ……じゃあないか。そちらの二人は初めまして、だね」
 栗色の長い髪が、お辞儀と共にしなやかに流れる。
 顔を上げた彼女の目は、まっすぐに前を見据えていた。
「本日付でMFTに配属されました、神林命(かみばやしみこと)、19歳です。 特技は神林流心刀、でもテクニカルは全然ダメです」
 朱袴の少女は、そう言って一同を見渡した。
「ですが、剣技の派生で、対複数戦闘もこなしますので心配ご無用!  必ずや、勝利を我れらが手に! ……なぁんて……」
 てっへへ、と頭を掻く神林。
 戦闘力は先日の戦いで折り紙付きだが……。
「見ての通り、バカは折り紙付きだ。一つよろしく頼む」
 憮然と、日向が言い放つ。
「だぁっバカ言うなっ! バカって言った方がバカなんだぞ!」
(日向さんの友達……だよね……?)
 日本の諺にある「類は友を呼ぶ」。
 諺は、物の真理を突いている、とマークスは深く感銘したものだ。
 が、決して「友は類である」では無いことを、マークスは初めて実感した。

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