インデックス

シリーズ他作品

他作品

BLACK=OUT

第十章第三話:白い子供たち

「おいマークス、どこ行くんだよ?」
 日向の呼びかけにもマークスの足は止まらない。ふらふらと、何かに吸い寄せられるように、枝分かれした通路の蒼い闇へと歩を進める。
 日向たちは互いに顔を見合わせた後、自身らもマークスの行くその先へ、足を向けた。

 通路は、幅が半分ほどしか無いことを除けば、中央を貫いている先ほどの通路と、何ら変わりは無い。
 全体的に薄暗く、壁と天井に設けられた、蒼い間接照明が僅かな光量を供給している。小さいが無数に取り付けられたそれは、先へと進む彼らの足元に、二重三重の薄い影を描いていた。

 途端、視界が開ける。
 辿り着いた部屋は20メートル四方、円柱型の水槽が縦横に整然と並び、それぞれにディスプレイとコンソールが取り付けられていた。壁際には、それらのコントロールブースだろうか、薄い仕切りで区切られた一角に、いくつものコンソールがずらりと揃っている。
 蒼い間接照明は変わらないが、この部屋には、淡い暖色の照明も幾つか設置されていた。
「何だ、この部屋は」
 どう見ても、ここは研究施設だ。宮葉小路が発したその疑問は、そのような類の問いではない。
 10近く置かれた、その水槽の中に蠢くもの。
 培養液の中で、ただ眠り続けるもの。
「一体何なんだ、ここは!」
 耐え切れずに叫んだ、その声に呼応するかのように。
 水槽の中のものが、ゆっくりと目を開ける。
 それは、呆然と立ち尽くす日向たちを、気だるそうに見回して、言った。

――お願い。

「何でこんな所に……」

――ぼくを、殺さないで……。

「人間が、子供が入ってるんだ……!」

 日向たちは、居並ぶ子供たちと目を合わせないようにして、コンソールのあるブースまで移動した。そうしなければ、耐えられなかった。
「データ、採れるか?」
 日向が、コンソールに向かって操作するマークスに問いかける。
「えっと、多分、ですけど……」
 ディスプレイには、次から次へと数値や文字列がスクロールされている。流れて消えるそれらを読み取るマークスの青い瞳は、左へ右へと忙しない。
「定期的に、脳の特定部位に微弱な電流を流すシーケンスが組まれています。あとは、もっと高電圧の電流を、これも定期的に流したり……」
 傷跡さえ、残らなければ。
 およそ考えうる限りの虐待が、そこには記されていた。
「そうか……」
 日向はブースを出て、水槽に“生かされた”子供たちに目を遣る。
「あれは、俺なんだな」
 B.O.P.ですら、今まで6人のメンタルフォーサーしか確保できていないにも関わらず、ノースヘルが大量のメンタルフォーサー部隊を組織できた理由。

 彼らは、ここで。
 大量生産されていた――。

「くそっ……こんな、こんな馬鹿な話があるか!」
 ガン、と拳をコンソールに叩きつける宮葉小路。
 人は誰だって、自分の未来を創る権利がある。
 そして、その未来を縛り付けて決め付ける権利など、誰にも無い、あってはならないのに。
「やっぱさ、倒さなきゃ駄目だよ、あいつは」
 神林が、辛そうにディスプレイを睨みながら言った。
 これ以上生み出される苦しみを、悲しみを、その坩堝(るつぼ)を、看過など出来ない。
「和真……」
「ああ、行こうぜ。……初めから、やる事は一つだったんだ」
 そう言うと、日向は元来た道を逆に辿り始めた。
「あっ、待ってください、和真さん!」
 慌ててマークスがコンソールを立ち、それに倣う。
 最後まで別のコンソールに座っていた宮葉小路が、ゆっくりと立ち上がった。部屋を出て行く日向の後姿をじっと見つめながら、一人呟く。
「そうだ、僕たちは、もう戻れない」
 ちらりと、自分が今まで見ていたディスプレイに目を遣って。
「和真、お前は……」
 気付いた。気付いてしまった。
 知った。知ってしまった。
「お前は、そうか。もう、“戻らない”んだな」
 ゆっくりと、宮葉小路は、日向たちの後を追う。
 残されたディスプレイには、宮葉小路が閲覧していたレポートが表示されていた。

“―― このプランによるメンタルフォーサーの形成は、被験者のマインドプロテクトを消去する副次的な作用があり、これにより、被験者のBLACK=OUTが、消 去された階層以下へ戻るのを防ぐことが出来る。メンタルフォーサーが、突然その能力を失う現象は自然発生のメンタルフォーサーでは数件報告が為されている が、このプランにより形成されたメンタルフォーサーでは起こり得ない。逆説的に、現在BLACK=OUTの階層移動を行う技術は確立されていないため、メ ンタルフォーサーとBLACK=OUTの暴走には注意が――”

 体が浮くような不快な感覚を残し、エレベーターが最上階に到達、停止する。
 開いたドアの向こうは、展望室だった。
 一面がガラス張りで、斜めに差し込む陽の光が、径にして軽く50メートルはあろうかという円形の部屋を満たす。
 余計な物は何も置かれていないそこに。
 エレベーターの前に立つ、日向たちの対極に。

 その男、日向伸宏は、白衣の背中を見せて立っていた。

「待っていたよ、和真」
 背中越しに届く、伸宏の声。
「実に、実に長かった。もう10年も、お前が熟すのを待っていたんだ」
 日向は、応えない。
 緊迫しているはずの状況、だが何故か、感じるのは落ち着き払った静謐。
 ガラス越しに見える、晴れやかな空と、清々しいまでに明るいこの部屋が。
 そう、感じさせるのだろうか。
「さあ、おいで。私の和真」
 伸宏は振り向き――そして、両手を広げた。
「お前はこの、嘘と無機質に満ち溢れたこの世界を塗り替える……いや、この世界の化けの皮を剥ぐ、神になるんだ」

ページトップへ戻る