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BLACK=OUT

第二章第七話:白の鍋を振るう者

 β2区での戦闘から数日が経った。
 その間にも、細かい規模の出撃は何度かあったが、あの事件以降、日向が単独行動を取る事は無くなった。
 もっとも、戦闘においては、まだ先走ったり命令無視が目立ったり……と、決して褒められたものではないが。
 少なくともエレナの言う事だけは聞く様になったのは、マークスが言う所の「餌付け」が出来たのだろう。

「さぁて、今日の仕事終わり!みんな、帰ろうか」
 エレナがパンパン、と手を叩いて立ち上がる。
 日向たちMFTは、平時はオペレーションルームに詰めている。
 そこで、マインドブレイカーの調査分析や戦闘の解析、報告書の作成などの雑務をこなしているのだ。
「俺らは残っときます。機材のメンテナンスがまだやから」
「ぶぅ~……残業手当も出ないのにぃ~」
 四宝院らオペレーターも、普段はMFTの仕事と同じく雑務が多い。
 命の危険にさらされるMFTと違い、普段から忙殺されているのが主な違いではあるのだが。
「あ~あ、こんな遅うまで仕事とは……やる気が~……」
 そうぼやきデスクに突っ伏す四宝院。
 肝心の仕事には、全く手をつけていないようだ。
「日向さん」
 帰り支度をするメンバーでざわついた雰囲気の中、マークスが話しかけた。
「どうですか? ここでの生活は慣れましたか?」
 いつ、何時出動命令が下るかわからないMFTのメンバーは、オペレーターも含め全寮制になっており、オペレーションセクションに隣接された居住区への入居が義務付けられている。
 ちなみに、B.O.P.の他の技術者らは、宿直当番を除いて電車で30分ほどの地に建つ寮か、自宅に帰ることになっている。
「……元々一人暮らしだ。住む場所が変わっただけで、大差ねぇよ」
 マークスの方へ振り向きもせず、ぶっきらぼうに日向が答える。
 部屋へは、寝に戻るだけなのだ。
 雨露がしのげれば、それだけでよかった。
「ごはん、ちゃんと食べてますか?」
 デスクの周囲を片付け終わり、立ち上がった日向の顔を覗き込むようにマークスが尋ねる。
「死なねぇ程度には食ってるさ。お前にゃ関係ねぇだろ」
 プイ、とそっぽを向き、出口へ向け一歩踏み出した。
 が。
 そんな日向の前へ、たっと回り込んでマークスが嬉しそうに話を続ける。
「これから晩ごはんですよね !一緒に食べませんか?」
「食堂は21:00までだろ? 開いてねぇよ」
 時計の針は22:00を回っている。
 面倒なので、夕食は抜くつもりだったのだが。
「私、ごはん作りますよ! 共同炊事場借りましょうっ!」
「……は?」
 何を言ってるんだ、こいつは?
 あまりに唐突なその申し出に、日向が混乱していると、
「じゃあ、早速いってきます! 日向さんは、ここで待っててください!よかったらみなさんも……」
「悪い、今日は約束があって外出するんだ」
と、マークスが言いかけたのを遮って宮葉小路が即答した。
「え? ……えと、エレナさんは……」
「ごめんねぇ、昨日の夕食、作りすぎて余ってんだ。また今度ね」
 バツが悪そうにエレナが答える。
 心なしか、額には汗がにじんでいた。
「そうですかぁ……四宝院さんとメイフェルさんは?」
 さっきまで愚痴をこぼしていた二人は、いつの間にか昼間よりもずっと真剣に仕事に取り組んでいる。
「悪いなマークスちゃん、俺らちょーっと仕事が忙しゅうて……」
「ごはん食べてる間も惜しいくらいなのですぅ」
 モニタから目を離さず、その指は神速の如くコンソールを叩き続ける。

――日向は、嫌な予感がした。

「ま、マークス。実は俺も予定が……」
「じゃあ日向さんの分だけでも作ってきますね!」
 最後まで日向の言葉を聞かず、マークスはオペレーションルームを飛び出していった。
 プシュ、とシリンダーからのエア抜けの音が室内に反響し、扉が閉じた。
 ワンテンポを置き、室内に張り詰めていた緊張の糸が切れ、一斉に安堵の吐息が漏れる。
 何人か、デスクに倒れてしまっていた。
「……日向」
 宮葉小路が、伏せていた顔を上げながら日向に話しかける。
「……死ぬなよ」
「………………」
 どうやら、自分は冗談では済まされない状況にいるらしい。
 チームメンバー達から向けられる、哀れみの視線がそれを物語っていた。
「……とばっちり食うのもなんだから、アタシら帰るわ」
 すっかり帰り支度を終えたエレナが、そそくさと部屋を出る。
「……僕も帰る。後は……日向に任せるよ」
 続いて、宮葉小路も。
「………………」
 日向は、残った四宝院とメイフェルに無言で訴える。
 が、しかし。
「しもうた! 資料室に行かんとデータがあらへん!」
「ええ~!? 大変じゃない恭ぅ! 手伝うからぁ、取りに行こう~」
 急に仕事熱心になった二人は、己に課せられた任務の遂行のため、資料室に向けて出撃していった。
 出て行く直前、日向は呼び止めたが、妙に仕事熱心な二人に黙殺される。

――そして、誰もいなくなった。

「……どや、メイフェル」
「す……すごい~、マークスさんのお料理食べてますよぉ」
 しばらくして、オペレーションルームに戻ってきた四宝院とメイフェルの二人は、モニタルームから室内の様子を見ることにしたのだった。
「日向さんって、意外と律儀なんやなぁ……」
「わたし、アレだけは食べられないよぉ」
「音声、出るか?」
「うん、出るよぉ」
 メイフェルが、ボリュームを上げる。
『どうですか、日向さん。おいしいですか?』
『……あ……ああ……う……うま……』
 ニコニコ顔のマークスと、顔面蒼白で平皿に入った黒い塊を口に押し込む日向。
「……でも、さすがに喋れへんみたいやな……」
「いつものぶっきらぼうな日向さんよりもカワイイ~~」
「ところで、一体アレは何ちゅう料理なんや?」
 ステーキか何かを極限まで焦がさないとああはならないのだが……。
『良かったぁ。自信あったんですよ、クリームシチューにはっ!』

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