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BLACK=OUT

第七章第二話:碧の螺旋

 あいつが憎いと。
 殺してやりたいと。
 一体、幾度この胸に繰り返しただろう。
 大事な人を亡くし。
 大事な世界を失くした。
 対峙する両名は螺旋。
 同じものを見て、同じ境遇に置かれた者。
 知らなければよかった。
 誰かを恨むことが、こんなにも

――心地良い事だと。

「だったら何だ」
 日向が、宮葉小路の目を見ながら言う。
「こんな……こんな奴のために……あいつは……エレナは死んだって言うのか……っ!!」
 搾り出す声は悲痛。
 何かに耐えるように、目は固く結ばれる。
「お前がいなきゃ……お前がここにこなければ!!」
 言うまい、思うまいとしていた言葉。
「エレナは死ななかったんだ!!!」
「ああ、そうだ」
 だったらどうした、とでも言うかのように、日向は言葉を返す。
 それが、宮葉小路に唯一残された最後の理性を奪い去る。
「お前が……お前がエレナを殺したっ!!!!」
 轟音とともに、彼の周囲の空間が舞い上がる。
「お前だけは許さない!! 絶対に!!!!」
「………………」
 怒りを露わにする宮葉小路に対し、日向の目は、ただひたすらに。

――冷たかった。

「てめぇに恨みはねぇけどさ……」
 すっ、と横へ伸ばした手には、彼の剣。
「俺の邪魔をするなら、殺さねぇとな」

 一体、誰が彼らを止めることが出来ようか。
 その戦いは、壮絶、いや、凄惨とさえ言える。
 日向の振るう剣は周囲を壊し。
 宮葉小路の放つ術は周囲を砕く。
 日向が近づけば、宮葉小路の式神が彼の行く手を遮り。
 日向がこれを弾いた時には、宮葉小路の姿は遥か遠く。
 距離という絶対のアドバンテージを得たテクニカルユーザーは、今が好機と日向に術をぶつける。
 それを時には受け流し、時にはかわしながら日向は再び距離を詰める。
 その繰り返しが周囲を破壊し、舞い上がるコンクリートの粉塵と濃霧により視界はより狭まっていく。
「ちぃっ……!!」
 以前にも宮葉小路と戦った日向だが、前回とは状況が違いすぎる。
 相手の位置が特定出来ないのでは、距離を詰めようが無い。
 類稀なるメンタルフォース感知の能力を有する日向だが、さりとて戦闘時に敵の位置を完全に把握出来るほどではない。
 対する宮葉小路は、己の式神を通じて正確に日向の位置を把握できる。
 そもそも、彼はおおよその場所さえ掴めれば、その近辺を狙って術を放てばいいだけなのだ。
「ふざけた真似をっ!!」
 ならば。
 こちらも「狙わなければいい」。
「うおおおおおおおおああああああっ!!!!」
 響く咆哮と共に、右手の武器に紫炎が集まる。
「くっ、させるかっ!!」
 日向が何かをしようとしている事を察した宮葉小路は、これを止めにかかった。
「アゴニィ-ロワー-ロングディスタンス-エクステンシヴ-セントラル-セィ-ザ-ロアー-オブ-サファリング-マスト-アッパー……出でよ咆哮!  ゴウス!!」
 宮葉小路の呼びかけに応え、彼の内から出現した緑の波動が、日向に向けて一直線に飛んでいく。
「まだっ……!!」
 その間にも、宮葉小路の左手は休むことなく印を描き続ける。
 そして、放たれた咆哮が日向に届く直前……!!

 日向が、天高く飛翔した。

 目標を見失い、背後のビルの壁に術が命中する。
 ズドン、という音と共にビルが震え、上空からパラパラと粉が降ってきた。
「くっ、かわした……!?」
 天を仰げば微かに見える。
 体を捻らせ、剣に集めたメンタルフォースと共に、振り下ろす瞬間が。
「降り注げ!! 犀蛍龍亜(さいけいりゅうあ)!!!!」
 上空から、紫の矢が無数に降り注ぐ。
 いかに防ごうとも、あれを受けては致命傷必至である。
「それが……どうしたっ!!」
 元より、かわす意志は無い。
 守るのではなく、攻めるのだ。
 彼を倒せば、それでいい。
「サファリング-ザット-ライグレス-アンド-ホアーズ-ショルド-ギヴ-イッツ-ミスフォーチュン-トゥ-オール-リヴィング-スィングス-クレスト-リリース!!!!」
 その詠唱は神速。
 先に描きこまれた印を流用し、多少は詠唱を短縮しているとはいえ、とても迎撃に用いられる長さではないその詠唱。
 しかし、その発動は自らが被弾する前に行われるというこの違和感。
「蠢く苦しみの中で悶え死ね!! 紅黒之舞(こうこくのまい)!!!!」
 両手を広げる宮葉小路の周囲から噴出したのは、闇と炎。
 それは瞬く間に彼を取り囲み。次の瞬間には周囲を覆うかのように膨れ上がりだした。
「んのぉ、やろぉっ!!!!!」
 自身が上空にいようが関係ない。
 渦巻く死は、既に眼下にまで迫っている。
 ビルを飲み込み、放置された車両を食いつぶし。

 日向を、飲み込んで。

 それは一瞬の出来事。
 何事も無かったかのように静まり返る街路に、横たわる身体がふたつ。

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