BLACK=OUT
第四章第六話:紅の抑止
空は重い。
見回せば、聳え立つビル群。
充分な幅が確保された車道に、異質なる母体は立つ。
「感情の力」、メンタルフォースは、それ自体が質量を有する。
それがメンタルフォーサーであれ、マインドブレイカーであれ、大きな力を持つ者は、大きな質量を放っているのだ。
故に。
大いなる力を持つ者の周囲は、まるで空間が歪んだかのように、重く……重く感じられる。
開放的なはずの屋外での戦闘。
だが、そこは何処よりも閉塞感に満ちていた。
日向の攻撃は、母体には届かなかった。
否、攻撃を行うことは叶わなかったのだ。
横払いに踏み込んだ日向だったが、その右手を払いきる前に母体が動いた。
だらり垂れ下がる左腕が、まるで鞭のようにしなり、日向を払い飛ばす。
「ぐっ……!!」
ダン、と地を跳ねる体。
そこへ追い討ちを掛けんと母体の腕が、槍のように突き出される。
「和真っ!!」
エレナが援護に走る。
日向は咄嗟に転げ、母体の腕は路面に突き刺さった。
その隙に、ワンステップから蹴りを繰り出すエレナ。
しかし、その攻撃も母体はゆらりとかわす。
ゆったりとした動きとは裏腹、風に柳、という諺をエレナは思い出した。
「くっ……」
エレナの弱点は、一度攻撃を外すとすぐに反撃へ転じられない事だ。
初動作を極端に少なくしている分、攻撃後の隙が大きくなる。
その隙を、母体が見逃すはずもない。
シュッ、という僅かな風切り音と共に、母体の腕がエレナの急所を狙う。
「式っ……!!」
宮葉小路の召喚に応じた式神は、間を置かず母体へ。
合わせ、マークスが銃撃で援護する。
二人からの攻撃に、母体はエレナへと伸ばしていた腕を翻し、式神と銃弾を払い除けた。
この機を逃さず後退するエレナ。
……再び訪れる、一瞬の静寂。
「どうも……」
エレナが口を開く。
「ああ……攻めあぐねるな」
離れた位置から見ている宮葉小路にも、この母体のウィークポイントが見当たらない。
単純な回避力、攻撃力だけではない。
自由自在に振り回される、しなやかな腕。
それは戦闘における制空圏を極端に広げている。
かと思えば、急所を「点」で貫く槍にも成り変わる。
……簡単な話、リーチが違いすぎるのだ。
ならば。
「テクニカルで攻撃するしか、手は無いね」
「エレナ、日向と二人で抑えられるか?」
「……出来るだけ、やってみる」
「誰に言ってんだ。こんぐれぇ楽勝だぜ」
日向とエレナ、二人は母体を挟んで対極にある。
「マークス、援護頼むぜ!」
「は、はいっ! 和真さん!!」
再び、日向はシタールを手に握る。
「行くぜエレナ! 合わせろよ!」
踏み込み、低い姿勢から母体を一閃する日向。
ゆらり、母体が身体を揺らす様にこれを避ける。
そこへ、
「はぁぁっ!!」
エレナが蹴撃を合わせる。
しかし、母体はシュッと腕を伸ばし、攻撃を防いだ。
「チッ……」
勢い余り、エレナは体勢を崩す。
その隙をカバーせんと唸る日向の剣。
ダメージを与えるには及ばぬ、時間稼ぎの攻防が続く。
「ロンリィ-エクストリミティ-ガード-ロウ-ロングディスタンス-セィ」
「ソロウ-エクストリミティ-アイス-バトルアクス-ロングディスタンス-セィ」
マークスと宮葉小路、二人が同時に詠唱を始めた。
「リザーブ」
特殊詠唱により、術を保留したのは宮葉小路だ。
彼の攻撃は、マークスの援護の後に発動しなければ意味が無い。
「マークス!」
「はい! ……砕けてっ! ガードクラッシュ!!!」
母体へ向けて放たれた弾丸は、吸い込まれるように命中した。
その直後、母体の展開していた防壁が、ピシリと音を立ててひび割れる。
シャン、という乾いた音と共に、その防壁が砕けたその刹那。
「リリース!! ウォーリア!!!」
宮葉小路が保留を解除、テクニカルを発動した。
宙に現れた巨大な氷の戦斧は、ぐるりと回転しながら母体へと向かい、これに直撃した。
轟音と氷の欠片で、何も聴こえず、何も見えない。
日向とエレナは、術の発動に合わせ後退していた。
「やったか!?」
「……これでやられてなきゃ困るよ」
メンタルフォーサーの戦いにおいて、相手の攻撃をいなす手段は二つある。
一つは「回避」。
これは文字通り、相手の攻撃に合わせて避ける事である。
しかし、テクニカルを避けるのは非常に困難な場合が多く、大抵はかわしきれずに被弾してしまう。
そこで、メンタルフォーサーは「防御」をする。
これはテクニカルの一種で、自分自身の周囲にメンタルフォースにより防壁を作り出すのだ。
尤も、相手の攻撃を100%抑える事は困難で、実際には半減できれば良い方なのだが。
しかし、今回はその「防御」すら無効にした。
マークスのテクニカル「ガードクラッシュ」は、母体の展開していた防壁を破壊する。
宮葉小路が使えるテクニカルの中では「氷舞」に次ぐ威力を持つ上級テクニカルを、防御を無効化してから当てたのだ。
彼らは今まで、どんな難敵もこれで乗り切ってきた。
――そう、今までは。
「……嘘だろ……」
持てる全ての思いを注ぎ込んだテクニカルだった。
目の前の異様を認知できず、宮葉小路は絶句する。
……薄れゆく白煙の向こう、ゆらり立つ人影が在る。