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BLACK=OUT

第六章第六話:白と炎と願いと闇と

 氷の塵が宙を舞う。
 しゃらり、それらは一瞬で破壊し尽くされた街の中心に立つ、マークスの上にも降り注ぐ。
 その髪に。
 その肌に。
 触れるたび溶けて流れるその雫が、ぽたり、ぽたりと地面を濡らす。

 遠くに、倒れる神林が見えた。

「………………何て、しぶとい」
 ぽつりとマークスが呟く。
 凍結させ、粉砕する。
 相手が何であろうと関わらない。
 そこに倒れている神林は、原型を留めぬほど崩れていなければならなかった。
 しかし。
「……っつぅ……」
 太刀を杖に、神林が立ち上がる。
 粉砕を逃れたとは言え、衝撃波は確実に彼女にダメージを与えていた。
「内から、溶かしたのね……」
 神林は、物ではない。
 メンタルフォーサーである以上、例え氷漬けにされようとも逃れる術はある。
 神林は、朱の者。
 その根底に存在するのは、天をも焦がす炎。
 白であるマークスが、光の権化であるように。
 神林もまた、いわば炎自身なのだ。
「もう、同じ手は使えないよ、マークス!!」
 詠唱をさせぬよう、風斬剣などで抑えればいい。
 しかし、マークスの顔には笑みすら浮かんでいる。
 見れば、彼女の胸元に描かれた印は、まだ消えてはいない。
 即ち、術は発動中である。
「……そういう、こと……」
 神林の頬に、一筋の汗が流れる。
 恐らくは、マークスが一言詠めば、自分は負けてしまうだろう。
 どちらも、同じ。
 次の一撃が、決め手になる。
「あなたには、死んで欲しいの」
 マークスが、口の端を吊り上げながら言う。
「何トチ狂ってるのか知らないけどさ、あんたはあたしが抑える!!」
 手にした太刀を握り直し、神林が叫ぶ。
 その太刀を振り構えるのと、マークスが口を開けるのは、同時だった。
「リリース……!!」
 胸の印が、一際大きく輝く。
 マークスは、ヴァリアス・フェイトの詠唱の際に、記述で連続詠唱を指定していた。
 「解放」の意を持つ「リリース」という単語一つで、同じ術がもう一度発動するのだ。
 彼女の足元に発生した冷気が、凄まじい勢いを持って四方へと向けられる。
 その冷気の先が、今にも神林へと到達する……!!
「神林流心刀、最終連奥義……っ!!!」
 その冷気へと、真っ向から踏み込む神林。
「極滅烈火……」
 両手で太刀を握り、右から振り上げる。
「斬刃剣っ……!!!!」
 迫り来る巨大な冷気を、炎を纏った太刀で受け止めた。
 氷と、炎の競り合い。
 拮抗しているかに見える両者だが、僅かに神林が押されている。
「大人しく死んでよ! あなたなんか……あなたなんか……っ!!」
 やっぱりだ。
 神林は思った。
 これは、マークスであってマークスではない。
 普段は抑圧された、もう一人のマークス。

 マークスの、BLACK=OUT。

 それでも、きっと。
 彼女は、自身の闇と戦っている。
 自らが飲み込まれないように。
 自分が、自分であるように。

 そうだ。
 自分がすべきなど、とうに決まっていたのだ。

「マークスちゃん、聴こえる!?」
 じりじりと侵食してくる冷気に耐えつつ、神林は声をあげた。
「妬んだっていい! それは恥ずかしいことなんかじゃない!!  あなたの力は、誰かを愛する力!! あなたは……」
 助けなきゃ。
 両腕に、力を込める。
「あなたが本当にしたいことは、何なの!?」

 ずっと虚ろだった世界の中で。
 それだけは、はっきりと聴こえた。
 気が付けば、自分は目の前の憎き人を殺めようとしている。
 いやだ、そんなの。
 必死で、必死の思いで自らを止める。
 そうだ、あの時願ったのではなかったか。

 もう誰も、死なせたくないと。

「か……みばやし……さん……」
 それは、悲痛。
 自らが自らに矛盾する、心の痛み。
「おね……がい……わた……しを……討っ……て」
 自分が、自分である間に。
 自分が、自らの中にいる悪魔を抑えていられる間に。

 一際響いた轟音の中、神林の太刀が炎を纏い振るわれた。

「首尾は、どうだ?」
 線の細い外見とは裏腹に、太い声がビルに響く。
「はい……上々かと。『白』『碧』ともに第二階層まで覚醒しました。 ……もっとも、『黒』の覚醒と、『神』の目覚めには至っておりませんが」
 跪き答えているのはグラン・シアノーズ。
 ここはノースヘル本社ビルの、最上階だ。
「構わん。元より今回はそのための布石に過ぎん。 ……なに、MFTは土壌が良いからな。種さえ蒔けば、すぐに実る」
 そう言って、中年のその男は踵を返す。
 ガラス越しのねずみ色の空が、一際重かった。

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