BLACK=OUT
第十章第九話:白
「和真、お前……」
「嫌っ! いやいやいや、絶対いや!」
マークスが日向に縋りつく。その小さな手で、彼の革の上着をきつく握り締めて。
「約束した! ずっと一緒にいるって! ずっと私の側にいるって!」
崩壊の予兆か、階下の柱が歪曲していく音が、地響きのように重く伝わる。
それは段々と大きくなり。
残された時間の減少を教えていた。
「ごめん、マークス……」
日向が、マークスの両肩をそっと抱く。
「俺、一緒には居られない。お前を、守りたいんだ。死なせたくない――守らせて、お前を」
神林が、四人の上に落ちてきた天井の塊を両断する。
「和真! もう時間無いよ! ……やるなら、――早くっ!」
「いや……いや……だよぅ……」
上着の裾を握ったまま、マークスは力無く地に崩れ落ちた。
ただひたすらに、弱々しく「いやだ」と繰り返して。
ただひたすらに、短く途切れる嗚咽を繰り返して。
日向の決意を――挫きにかかる。
「宮公。命の事、よろしく頼む。命、あまりコイツに迷惑かけんなよ」
日向は顔を上げ、二人に伝えた。その想いは揺ぎ無い。今までで一番の――穏やかな、表情(かお)。
「お前は……馬鹿だ」
こんな方法しか、思い付かないなんて。
「そう望んだなら、僕は止めない。止めないが……嬉しくは、ないぞ……」
耐えるように顔をしかめ、宮葉小路は言った。
止められない、自分になど、止められない――。
「マークス、行こう。止めちゃダメだよ、和真を」
あいつがやっと手に入れた、“誰かを守る勇気”。
「解るでしょ? あいつが好きなら。あんたが、今しなきゃいけない事……」
手の置かれた肩の方を、マークスはゆっくりと振り返る。
そこには、今にも泣きそうな……だが、力強く彼女を見つめる、神林の姿があった。
――私が、しなきゃいけない事?
どうして?
二人はどうして彼を止めない?
私は何をしなきゃいけない?
「私……は……」
嫌だ。
彼が死ぬなんて、嫌だ。
何が何でも、彼を止めなきゃ。
そうしたら――
――そうしたら?
彼、は。
また、“みんなを死なせる”。
彼の、
日向和真の、
願い、は――
「和真……さん……」
ゆっくりと。
マークスが、立ち上がる。
その顔は涙でぐしゃぐしゃで、それは酷いものだった。
それでも。
震える声で、それでも。
「守って。私を、守って」
そう、言い切った。
「うん……ああ、死なせない、絶対」
柔らかく、日向が微笑む。
瞬間、空間に青い陣が展開された。日向を中心に大きな一陣、残る三人には小さな円陣。
“封神の力”の具現、対象を封じる、“封じ”の布陣、その、発動。
「ありがとう、みんな。俺、MFTに来て良かった。みんなに会えて、良かった」
少し、掠れた声で。
日向は、そう紡いだ。
「和真さん――!」
マークスが、叫ぶ。
既に身体は、白光に包まれ始めていた。
やがてその光は、眩しいほどに輝きを増し、少しずつ、彼女たち三人の存在をこの場から削り取っていく。
「マークス……」
そう呼びかけると日向は、僅かずつ消えていく彼女の身体を抱き寄せた。
「今まで、ありがとう。何か、上手く言えねぇけど……お前がいたから、俺、こうなれたんだと思う。こうやって守ろうって思えることが、俺、ホントに嬉しいんだ」
「和真……さん……」
止め処無く流れる涙を拭いもせず、マークスはただひたすらに、彼の背中へ回した腕に力を込める。
離れたくない。
その想いを、密かに形にするように。
「マークス――」
二人は、そっと見つめ合う。
少しずつ近付いていく、二人の距離。
「――愛してる」
崩れた天井、その瓦礫、欠片が舞い散るその中で。
二人、唇――重ね合う。
同時に。
マークスの身体が、一際輝きを増したかと思うと、その姿は弾けるように――
静かに、掻き消えた。
◇
目の前で。
ノースヘル第三支社ビルが、崩れていく。
爆破された一階部分から、順次潰れるように崩落し、やがてバランスを失った上階部分が横倒しに、地へ叩きつけられた。
「和真さ――――――!」
叫ぶ少女の声も、その轟然たる崩壊音に苦も無く掻き消される。
舞い上がる粉塵が視界を塞ぎ、埃っぽい臭いがここまで漂ってくる。
戦いは、終わった。
震える大地に、号泣が響く――。