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BLACK=OUT

第十章第六話:白く輝く

 円形の、展望室。
 ノースヘル第三支社ビル、最上階。
 その中央に、日向伸宏は横たわる。
 彼の体はいたる所が裂け、流れ出る体液が床面を赤く染め上げていた。
「勝った……のか?」
 宮葉小路が、荒い息を吐きながら呟いた。伸宏は、ぴくりとも動かない。
「どうだろうな。親父の事だ、この程度で終わりじゃねぇだろ」
 地に片膝を付いた日向が、右手のシタールを杖代わりに上体を起こす。何か、仕掛けてくる――そう、確信しているような語調だった。
 それに、応えるかのように。
 伸宏が倒れたまま、やはり身動ぎもせずに喋りだした。
「和真、お前はもう、助からない」
 最後通告だった。いや、事実上の――死刑宣告と言っても、良いか。
「お前のBLACK=OUTは、どのような手段を以ってしても覚醒する。それを防ぐには、お前自身が死ぬしかない」
 血だまりの中で、骸としか思えぬ肉塊が淀みなく言葉を紡ぐ。
「来い、和真。お前の大切な者たちを、自身の手で殺めたく無いのなら」
 日向が、そっと目を伏せる。
 揺るがない。
 揺るぎない。
 ゆっくりと、再びその目を見開く。
 先にある、終局を睨んで。
「その身体、もう使えねぇな」
 ふらつきながらも立ち上がった日向は、右足を引き摺るようにして――前に、出る。
「今喋っているのは、てめぇの身体じゃない。BLACK=OUTである、てめぇ自身が喋ってるんだ。……もう、長くは持たないんだろ?」
 やっかいなものだな、肉体は――そう、伸宏が哂った。
「在る事そのものが、既に制約だ。しかし、それに縋らなければ……存在さえ許されないのだからね、人格という奴は」
 肉体が朽ちれば、人格も果てる。
 刻々と近付く、別離の時。
 日向にはまだ、しなければならない事が残っている。
「俺の答は変わらねぇ。親父、てめぇに使われるのは、お断りだ」
 静かに、日向は言った。伸宏の、そして自分自身の、死を意味する言葉を。
「――そう、か」
 伸宏は短く、ただそれだけを言った。虚無と諦念の入り混じった、だがどこか、安らいだ声で。
「もう、私の人格は持たない。BLACK=OUTは、それ自体が高エネルギーのメンタルフォースだ。私が果てれば――ここは、吹き飛ぶぞ」
「殺させねぇよ、てめぇなんかに」
 もう一歩。
 日向が、詰める。
「俺のBLACK=OUTを、解放する」
「な……やめろ、和真!」
 後ろで宮葉小路が、驚愕に目を見開き慌てて制止した。
「確かに、解放時に発生するフィールドでBLACK=OUT消滅の衝撃からは身を守れる! だが解っているだろう? そんな事をしたらお前は……!」
 伸宏の身体が、白く輝きだす。もう、時間は無い。
 日向は伸宏へと向き直り、背中で言った。
「お前らを殺させない。絶対に」
 閃光が、走る。
 溢れる力の、想いの奔流が、日向たちへと叩きつけられる……!
「出ろ……」
 あらん、限り。
「BLACK=OUT――!」
 己の内へと、叫んだ。

 粉塵の舞う、埃っぽい臭いが鼻につく。少し先さえ見えない狭い視界の中で、日向が膝を付いた。
「和真さん!」
 マークスが駆け寄り、日向を支える。彼の手から、シタールは消えていた。
 BLACK=OUTを失えば、メンタルフォースは行使出来ない。日向はもう、メンタルフォーサーではなくなったのだ。
「馬鹿、和真お前……!」
 顔一杯に悔恨を表して、宮葉小路はそう言った。それ以上、言えなかった。
「……無茶やるよ、あんたも」
 神林が、そう呟いた時だった。
「全くだね。ぼくを追い出すなんて、どうかしてる」
 立ち込める粉塵の向こうで、声がする。聞き覚えのある声、馴染みの無い口調。
「っく、和真のBLACK=OUTかっ!」
「あはは、ご名答」
 ふざけた調子で、手を叩く音が聞こえる。
 日向は、自分のBLACK=OUTを身体から排出した。ならば、そのBLACK=OUTと対峙する事になるのは道理だろう。
 戦いは、まだ終わっていない。
「ホント、よくやるよ、君もさ。ぼくを出しちゃったら死んじゃうでしょ、君」
 マークスがハッと日向の顔を見る。荒い呼吸を繰り返す、びっしりと汗を掻いた顔が、そこにあった。
「そんな……」
「蘇るブラックアウトに耐えられるほど、君たちは強くないものね」
 ククク、と喉を鳴らすように笑うBLACK=OUTは、実に楽しそうだ。
「残念だったね、マークスちゃん。折角彼と、気持ちが通じ合ったのにさ」
 粉塵の向こうから覗く顔は、日向そのもの。それが、皮肉たっぷりに笑みで歪んでいる。
「わたし……は……」
 諦めるのか?
 逃げるのか?
「私は……」
 マークスが立ち上がる。日向の、前へ。
「私は諦めません!」
 目を背けず、あるがままを受け入れて。
 その上で、決して諦めない強さ。

 それをくれたのは、日向和真、なのだから。

「だね、マークス!」
 ざん、神林が、出る。
「僕たちはチームだ。どんな状況だって、信じて、支える」
 式神を手に、宮葉小路が一歩を進む。

 守りたい物がある。
 守りたい者がいる。

 大切な、人がいる。

「戦おう、みんなで」
 異口同音、三人が振り向き、日向に言った。
 崩れかけた展望室で、傷だらけの四人が、立つ。

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