BLACK=OUT
第五章第七話:黒を追うもの
「はーっ、楽しかったぁ!!」
夜のベイサイドを、神林が先に立って言った。
「楽しかった、じゃねぇよ、さんざ引きずり回しやがって……」
心底疲れた、という顔で日向が応える。
「だらしがないなぁ和真は。あれぐらいで音を上げてちゃ、話にならないぞっ」
「勘弁してくれ……」
はぁっとため息をつき、傍らの海面を眺める。
遠くに見える橋梁の明かりが、揺れる水面に微かに光る。
喫茶店を出てから、街中を歩き回らされた。
そのコースの中には、なぜか金物屋などおおよそデートには似つかわしくない場所も多く含まれていた気がするのだが、気のせいだろうか。
「いいじゃん、久しぶりなんだしさ」
ととと、と海岸の柵に駆け寄り、それを背にくるり、と振り向き神林は言った。
「ああ……まあ、そうだな……」
「………………」
疲労困憊の日向を、神林はしばらく眺めてから言った。
「今日はあんがと。すっごく楽しかった」
「ん……そうか」
「でも……」
日向に背を向け、神林は海を眺める。
「……会いたく、なかったよね?」
「………………」
日向は答えない。
いや、この沈黙こそが答えだった。
「あたしは会いたかった。すごく気になってた。……あの日、和真がいなくなってから、ずっと」
ざあっ。
風が、二人の間を翔け抜ける。
「だから……会えて、すっごく嬉しかった」
「………………」
嫌でも思い出す。
三年前、ある事件がきっかけになった、二人の別離を。
「お父さんは、見つかった?」
「手がかりらしきものは、な。けど、居場所はまだだ」
「そっか……」
耳に聞こえるのは、街の喧騒。
そして、打ち寄せ帰る波の音。
「ねぇ、和真」
「ん?」
「あたし……和真んトコ行っちゃ、ダメかな?」
日向のところ……それは、彼女がMFTに入隊することに他ならない。
「やめとけ、死ぬぜ」
「そんなのわかんないじゃん」
「この間、一人死んだ」
「!!」
思わず振り返り、神林が目を見開く。
「手を下したのは、『あいつ』の手の奴だ。……目的は、俺の『鍵』を壊すこと」
「それじゃあ……」
「いや、まだ俺の『鍵』は壊れてねぇ。……けど、だから逆に危ないんだ」
「その人が、死んだのは……」
辛そうに、神林が言った。
「あんたのせいじゃないよ……」
「関係ねぇよ」
目を閉じ、日向は言う。
「俺が、殺したんだ」
◇
「あ、四宝院さん」
マークスが、資料を抱えて廊下を歩く四宝院に声をかけた。
「ん? どないしたん?」
「あの、日向さん何処か知りませんか?」
「んー……何か休暇届出とったよ。ほら、こないだの戦闘で会った昔馴染みに会うんやとか言ってた」
「そ、そうですか……」
あれから、日向はいつもより元気が無いように見えた。
何か、自分に出来れば、と思っていたのだが……。
「昔のお友達に会うなら……きっと大丈夫だよね……」
日向が元気になるなら、それでいい。
だが。
何故か落ち着かない、マークスだった。
◇
「あたしね」
ぽつり、と神林は言う。
「あんたに必要なものって、強さじゃないと思うんだ」
「……どういう……意味だ?」
日向にとって、それは意外な言葉だったらしい。
珍しく、彼が強い反応を見せた。
「昔もだけど、今も……強さだけを追い求めてるあんたを見てるの、辛いよ」
ぱしゃり。
絶え間なく続く、水の音。
「だから、和真。あんたと共に行く。あんたが本当に手にしなきゃいけないものを、その手に出来るように」
「意味わかんねぇよ。強くなきゃあいつだって倒せないじゃねぇか」
「とにかく、あたしはMFTに入る。止めたって無駄だからね」
「馬鹿かお前は!? また『あんな事』になったらどうすんだ!! 今度こそお前……」
ギリ、と日向が歯を噛み鳴らす。
「お前……死ぬぞ」
「死なないよ、あたしは」
まっすぐに。
日向の目を見つめて。
「約束する。絶対に死なない」
強く、神林は言った。
『ありがと。今日は楽しかった』
別れ際、そう言って神林は去った。
一人、日向は星空を見上げる。
避けていた過去が、突然目の前に現れた。
それは、あろう事かMFTに入るとまで言う。
「ったく……何処まで行っても追いかけてきやがる……」
それは、誰に……何に向けての言葉だったのか。
しばらく立ち尽くした後、日向は歩き出す。
今、彼が帰るべき場所、
B.O.P.へ向けて。