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BLACK=OUT

第十章第一話:白く煙る

 当たり前のように、その朝は来た。
 黒が白を塗り潰し、生命(いのち)に息吹が吹き込まれ。
 静まり返った街が動き出す――はずの。

 ついに来た。
 来てしまった。

 様々な思惑を孕んで、死んだ街が、白々明ける。

「ブリーフィングを始める」
 号令は宮葉小路。皆は座らず、直立不動。ディスプレイには何も映されておらず、手許には、何も無い。
「現状を整理しておく。
  まず、和真の状態だが、第一階層のマインドプロテクトを失い、BLACK=OUT覚醒の危険度が非常に高い。通常のようにBLACK=OUTがマインドプ ロテクトを“突破”したのではなく、マインドプロテクトそのものが“消滅”しているんだ。現在は小康状態を保っているが、メンタルフォースの使用頻度が高 まるにつれ、二次曲線的にその可能性は上がる。
 それからB.O.P.だが、昨日の襲撃によってラボラテリーセクションのCCRが損壊。これによ り、当該セクションとメディカルセクション、及びこれに連結している全てのシステムが落ちて、使用不能になっている。加えて、多数の職員が襲撃の犠牲にな り、現在、組織の末端で活動可能なのは、このMFTだけだ。
 次に一般市民の被害状況だ。αからε、それにγ地区は、ほとんど壊滅といっていい。 情報が混乱していて正しい数字が掴めていないが、かなりの死傷者が出ているようだ。生き残った市民は全て区域外に脱出し、今はこの地区への進入は制限され ている。動いているのは、僕たちMFTと……ノースヘルだけだ」
 誰もが、意外なほど淡々と宮葉小路の言葉を受け入れていた。全ては、昨日の時点で判っていた事。
 今、何が起こっているかも。
 今、何をすべきかも。
「僕らは、止めなくちゃいけない。ノースヘルを……日向伸宏博士を。これ以上、誰かが犠牲になるなんて、あっちゃ駄目なんだ」
 そんな事を許してはいけない、そう宮葉小路は繰り返す。
 決して熱っぽくなく、一言一言を、噛み締めるように。
「だから、僕らは出撃(で)る。唯一の可能性なら、それに賭ける」
 マークスが、神林が、それに応えて頷く。
「賭けるんじゃねぇよ。“託す”んだ」
 日向がそう言って、宮葉小路の目を見て笑った。
 好戦そうに目を細め、言葉の端に信頼を漂わせ。
 返す宮葉小路の顔にも、知らず、同じ笑みが宿る。
「現場、ノースヘル第三支社までの輸送は、保安庁が車両を手配してくれましたので、それを使用します。第三支社ビルの見取り図は、現在緊急で探してますんで、手に入り次第、ナビゲートすることになります」
 そう話す四宝院たちオペレーターは、ここに残る。もう一度本部を襲撃されたらひとたまりも無いだろうが、ここで、彼らは彼らの戦いをしなければならない。
 ここに立つ6人は、恐らく皆、戦う理由は異なる。
 共通した想いがあるのなら、それは。
 自分や誰かの“大切なもの”を守りたい。
 それだけだろう。

 それは、あるいはちっぽけで、あるいは大き過ぎるのかもしれない。
 それでも、やはり大切なのだ。
 たとえ小さくとも、もしくは抱えきれぬほどに大きくても。
 それを壊す権利など、誰にも無い。

 “当たり前”が、当たり前であるために。

「祝勝パーティーの準備しておきますからぁ、絶対に帰ってきてくださいねぇ」

 自分が、自分であるために。

「MFT、出撃する。場所はノースヘル第三支社。目標は、日向伸宏の討伐」

 果てしなく、向かうべき場所を、見据えて。

 遠く朝靄(あさもや)の霞む中、陽炎のようにそのビルは在る。
 黒いシルエットは、ようやくその姿の全てを見せ始めた朝日の、逆光が生む影だ。
 細やかな水滴に、差し込んだ光が筋を残し、その軌跡を見る者に知らしめる。
 車を降りた日向は、静かに、だが深く息を吸った。胸に、水分を多く含んだ新鮮な空気が満たされる。
「悪くないな、朝も」
 ぽつりと漏らしたその言葉を拾ってか、神林が意外そうに言った。
「あら、どう見たって和真に“朝”は似合わないわよ」
「ああ、和真はやっぱり“夜”が似合う」
 それに同調して、宮葉小路までがそんな事を言う。
「るっせ。いいじゃねぇか、たまには爽やかな気分になったってさ」
 唇を尖らせて抗議するも、二人は「はいはい」と取り付く島も無い。
「うーん! そうですね、やっぱり朝は気分がいいです」
 最後に降りたマークスが、全身で伸びをしながら、根本的にずれたところで話を纏めた。

「これが、最後の戦いだな」
 我ながら陳腐だ、と思いながら、日向が呟く。
 日向にとっては、もう10年追ってきた相手だ。特別な感慨を抱くな、と言う方が無理だろう。
「絶対、みんなで帰りましょうね……B.O.P.へ」
 マークスが応え、
「当然だ。和真、お前はあまり力を使うなよ。僕たちでカバーするから」
 宮葉小路が繋ぎ、
「あたしにかかりゃあイチコロよ!」
 神林が締める。

 戦える。
 戦いたい。

 そう、日向は思う。

 ずっと独りだった自分が手に入れた、きっと誰もが得がたい仲間(たからもの)。
 今ここで、こうしていられる奇跡。
 たとえ消える運命にある自分でも、そこに何某かの意味があるのなら、それを残したい。

「行くぜ、“閻魔城”へ!」
 叫び、駆け出す。
 それに倣い、地を蹴るチームメイトたち。

 白く煙る、清冽な大気の中で。
 この戦いが、最後の幕を開ける。

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