BLACK=OUT
第三章第二話:碧の街
「ロストだって?」
メイフェルの言葉に、宮葉小路が声を上げる。
「よく確認しろ。β2区ではマインドブレイカーも発生していないんだろう?」
「そうですけどぉ、GPSの信号発信が認められません~」
間違いない。
確かにエレナは消失したのだ。
「エレナのやつが、インカムのスイッチを切っただけじゃねぇのか?」
横から日向が口を出す。
「今までぇ、無断で切った事なんてありませんよぉ」
「直前にエレナさんから通信か何かありましたか?」
「いや、何もあらへん」
一同、黙り込む。
可能性があるとすれば……。
「誰かに、襲われたか」
全員が、一斉に日向の方を向く。
「馬鹿な、あいつがそんな簡単にやられるものか。たとえ不意打ちだったとしても……」
「誰もやられたなんて言ってねぇよ、宮公」
日向の左手が、自分のこめかみをトントン、と叩く。
「壊されたんだよ、インカムをな」
「でも……」
やり取りを聞いていたマークスが、おずおずと声を上げる。
「通信もなく……戦闘の痕跡も、区民からの通報もないんじゃ……」
確かに、今のこの状態では自分たちは動くわけにいかない。
しかし、そういうマークスも心配そうに顔を曇らせている。
「……っ! 出るぞ、二人とも!」
宮葉小路が、ダン、とコンソールを叩いて立ち上がる。
「出るって、出撃ですかぁ?」
「アホ言いなさんなや。MFTには出撃許可は出とらへんで」
四宝院の言う事はもっともだ。
MFTもB.O.P.内の一部門に過ぎない。
許可なく出撃は出来ないのだ。
「だが……」
宮葉小路が、四宝院を睨み叫ぶ。
「だが放っておけるか!!」
「………………」
しばし、両者の視線が絡み合う。
「……ったく、頭固ぇ連中ばっかだな、ここは」
日向が、やれやれ、と立ち上がって部屋を出ようと歩いていく。
「日向さん?」
日向は、ドアの前まで歩いて行くと、ツイと振り返った。
「四宝院」
「はい?」
全員、きょとんとした目で日向を見る。
「日向、マークス、宮葉小路の三名は、今から休憩だ」
プシュ、という音を上げてドアが開く。
「二時間で戻る。何かあったら連絡をくれ」
行くぞ、という言葉を最後に残し、日向は部屋を出て行った。
β2区は、何事もなかったかのように真昼の賑わいを見せていた。
覗けば、どの店も昼食を摂る客でごった返し、サラリーマンやOLたちが街路を急ぎ足で闊歩している。
申し訳程度に植えられた街路樹が、辛うじて街の季節感を演出していた。
行きかう人たちの流れとは真逆に、日向たち三人は歩いていく。
――もしかしたら、永遠に変わらぬ日々を送る人の波を押し分けながら。
無機質だ……。
宮葉小路は、この街をそう思う。
人々は、決められた毎日をプログラム通りにこなし。
街は、砂や鉄で固められ。
痛みも、哀しみも、苦しみも、迷いも……そこに在り続ける事は出来ず、さりとて受け止める者もおらず……行き場を無くし澱み凝るしかないのだ。
(マインドブレイカー……か……)
人間という存在を機能的に整理するために、瑣末なことだと切り捨てられてきた側面。
知らず生じた歪みは……BLACK=OUTを、そしてマインドブレイカーを生んだ。
宮葉小路は好きではなかった。
この街も、この時代も。
「信号の消失地点はここだな?」
日向たちがデバイス片手に辿り着いたのは、区の一角にある露店街へ通じる路地だった。
「この先に、いるかもしれませんね」
マークスが、一歩を踏み出そうとした時、彼女の肩を宮葉小路が掴んだ。
「待て。……おかしくないか?」
見れば日向も、眉間にしわを寄せて周囲を見回している。
「ああ……この時間帯にゃ珍しく、誰もいねぇな」
なるほど、昼時だというのに、路地には誰もいなかった。
露店街というのは、この区の名所でもある。
この路地を抜けた先にある、幅5メートル、長さ30メートルほどの街路の両側に、実に70余りの露店がひしめくのだ。
この手の露店の定番であるアクセサリー類や占いの他にも、軽食や飲料など様々な種類が出店されている。
この路地は、その街路へ直結しているので、この時間帯はいつも人でごった返しているのだ。
「本当ですね……一体何が……」
マークスが、不安げに周囲を見回す。
もちろん、彼女の目にも、誰の影も映らない。
「……あれだな」
日向が指さした先に、小さなメガホン型の装置が見えた。
装置は、路地の入り口、その両側にポールを立て、地上3メートルほどの高さの位置に取り付けられていた。
「あれは……」
「感情力結界……MFCの一種だ」
宮葉小路が、右手で眼鏡を押し上げながら言う。
「それじゃあ……」
「ああ」
上を見上げていた日向が、マークスに向き直る。
「この辺の奴ら、みんな暗示にかかってんだよ。『露店街へ行くな』ってな」
日向たちも、GPSの信号からここへ辿り着いたのでなければ、無意識にこの場所を避けて探していた事だろう。
「この装置……」
宮葉小路が、デバイスで確認を取る。
「行政管理の物でも、ましてやB.O.P.の物でもないぞ?」
メンタルフォースなどの特殊心理学と呼ばれる分野では、B.O.P.以外に技術を持つ組織は存在しない。
不思議そうに二人が顔を見合わせる中、日向だけが黒く笑っていた。