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BLACK=OUT

第三章第一話:碧の朝

 物心ついた頃から。
 周囲の期待に応えることを教え込まれてきた。
 産まれた時から。
 周囲の期待に応えることを義務付けられていた。
 ただ、ただ。

――ひたすらに。

  遠慮なく鳴り続ける電子音に、否応なく意識が覚醒していく。
 碧の目を薄く開け、右手で時計を叩いた。
「……ふぅ」
 ベッドの上に起き上がり、しばらくぼぅとする。
 沈んだ意識を、徐々に徐々に引き上げる。
 やがて、完全に頭が回りだした時。
 ベッドサイドの眼鏡へと、その手を伸ばし立ち上がる。

――いつも通りの、朝。
 これが、B.O.P.へ来てからの、宮葉小路の朝だった。

「おっはよ!」
 オペレーションルームに入ると、背中をドン、と叩かれた。
 振り向けば、エレナが立っている。
「ああ……おはよう……朝から元気だな……」
「利光、元気ないぞ! 朝が弱いなんてだらしがない!」
 朝が弱いのとだらしがないのは別だろう……と思うものの、反論するだけの元気もない。
 少しは自分を見習え、と彼女は言うが、生まれつきの性質だ。
 そうそう変えられるものでもない。
 それでもエレナの言う通りに、せめて朝食だけは摂るようになったのだが。
「おはよーございまーす!」
「……はよーっす」
 扉が開き、マークスと日向が入ってくる。
「おお、マークスちゃん。日向と同伴出勤?」
「えええ、ああああいやそそそそんな……」
「……人聞きの悪ぃ事言うな。そこでたまたま会っただけだ」
 手をパタパタさせて慌てるマークス。
 それに対して冷たく返答する日向。
 いつもの日向ならば、怒りそうな状況だが、言い捨ててそっぽを向いている。
――どうやら朝のMFTでは、男性陣は元気がないらしい。
「おはよーっす! おお、みなさんおそろいやねー!」
「ぅぅ……おはよぉござぁいまふあああぁぁぁぁ……」

……オペレーターは例外だが。

「それじゃ、パトロールに行ってくるね~」
 昼も近づいた頃、エレナがそう言って席を立った。
「……サボんじゃねぇぞ」
 左目でジトーッと睨む日向。
「サボりじゃないサボりじゃない。ただの見回り~♪」
 MFTでは通常、パトロールはしない。
 各区に取り付けられたセンサー類で、常時監視しているのだ。
 が、エレナはこう言って度々時間外休憩を取っていた。
「インカムだけは付けていけよ」
 コンソールから手を離さず、目線だけをエレナに送り宮葉小路が言った。
「利光も行こうよ」
「僕を悪の道へ誘うな」
 間髪入れず答える。
「気をつけて下さいねー」
 さすがに慣れたのか、マークスはひらひらと手を振る。
「何かあったら連絡入れますさかい」
「あああ! 外出するならぁ、ミットパリンスのシナモンチョコミルフィーユを買ってきてくださぁい!」
「はいはい了解。それじゃみんな、お仕事頑張ってね~!」

「……あいつ、いつもああなのか?」
 日向が隣のマークスに尋ねる。
「ええ、よくおやつ食べに行ってますよー」
「ったく……あれさえなきゃ、優秀な職員なんだがな……」
 口を挟み宮葉小路が愚痴る。
「そんなこと言わないで、宮葉小路さんも一緒に行ってあげればいいのに」
 マークスが宮葉小路に向き直る。
「ちゃんとデートしないとダメですよ。そうでなくても疎いんだから、宮葉小路さんは」
「バカ言うな。あいつがデートでケーキを食べるタマか?」
「映画観に行くとか! 恋愛映画!」
「……あいつはカンフー映画しか観ない」
 そもそも、エレナが恋愛映画を観て、ハンカチ咥えて感涙しているところなど、どう想像しろと言うのだ。
 ふと日向に目をやると、目を丸くして口をぽかーんと開けている。
「どうした? 日向」
 その一言で我に返ったのか、日向がやや混乱した面持ちで訊いてきた。
「もしかして……お前とエレナって……付き合ってんのか?」
「ああ、そうだが」
 即答する宮葉小路に、日向は堪らず吹き出した。
「な……何が可笑しい……」
「い……いや……だって……いくらなんでも似合わな……っくははは……」
「……失礼な奴だな、お前……」
「えー、エレナさんと宮葉小路さん、お似合いだと思うんですけど……」
「マークス、お前絶対、感覚おかしいって……っはははははは……」
「笑いすぎだ、お前」
 おおよそ、「似合わない」と言われないように努力はしてきたつもりだ。
 MFTでも、戦闘では足を引っ張る事の無い様、訓練も怠ったりしていない。
 日向は、何を以ってして「似合わない」と言うのだろうか。
「はははははは……ま、まあいいや。無理すんのは勝手だしな、お前のさ」
 ひとしきり笑った後、日向はそう言ってコンソールに向き直った。
「それにしても、エレナさん遅いなぁ。どこまで行ってるんやろ」
 四宝院が、手許の時計を見て声を上げる。
 見れば、エレナが出かけてから二時間は過ぎていた。
「おかしいな……あいつ、普段は一時間程度で戻ってくるのに」
 宮葉小路が釈然としない顔で言う。
――妙な胸騒ぎがしていた。
「メイフェル、エレナの位置情報は?」
「ええっとぉ……」
 日向の問いかけに、メイフェルがコンソールを叩く。
「一時間前にはぁ、β2区のゲートを通過した記録が残っていますぅ。ですがぁ……」
 続けて、情報を読み上げるメイフェル。
 それは、予感が現実になる瞬間だった。

「45分前ぇ、β2区内にてエレナさんをロスト……」

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