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BLACK=OUT

第八章第九話:朱の、夜明け

「お母さんっ!」
 日向が叫ぶ。
「! ……夢、か」
 どうも疲れているようだ。
 日向は静かに頭を振りながら、ベッドを見遣る。
 そこには、相変わらず目が覚めないマークスがいた。
「大切だから遠ざけた、か」
 夢の中で、母に言われた事を反芻する。
 ずっと、考えないようにしてきた事。
 ずっと、避け続けてきた、ひとつの答え。

 今までもそうだったはずなのに。
 この答えが辛いのは、何故だろうか。

「ん……」
 その時。
 シーツの中の少女が、身動(みじろ)ぎをした。
「マークス!」
 その声に、応えるように。
 ゆっくりと、少女の目が開かれる。
「はれ? 日向さん……」
 今ひとつ状況を理解していないようなマークス。緩慢な動作で上体を起こすと、大きく伸びをした。
「うーん……何だか、すごく良く寝た気分です」
 そうしてマークスは、こちらを見て晴れやかに笑う。
 何故だろう。
 こうして、彼女がここで、変わらず笑顔でいてくれる事が、堪らなく嬉しい。
 日向は、黙ってマークスを抱きしめた。
「ひゅ、日向さん?」
 彼らしからぬ行動に、マークスは目を白黒させて慌てふためく。
「馬鹿野郎……」
 想いを、搾り出すように。
 そっと、日向が呟く。
「心配させんじゃねぇよ、お前っ」
 自分でも、泣いているのが判る。
 怖かった。
 また、大切な人を、目の前で失うのが。
「日向さん……」
 マークスの腕が、背中に回される。
「ごめんなさい。……ありがとう」
 瞳を閉じて、落ち着いた笑顔を見せるマークスは、優しく、そう言った。

 それから、二人は色々な話をした。
 自分の生い立ちから、趣味の話、他愛の無い世間話……。
 そうして少しずつ、互いの違う面を知っていく。

 これほどまでに。
 誰かの、全てを知りたいと思ったことなど、日向は無かった。

 やがて夜も更け、青かった室内が赤く染められ始めた頃。
 すっかり話し込んでしまった日向は、ようやくその腰を上げた。

「じゃあ、そろそろ四宝院たちに伝えてくる。マークスが目を覚ましたって」
「あ、はい」
 少し名残惜しいような調子で、マークスが応える。
――これで、最後。
 いつBLACK=OUTが覚醒するか判らない自分は、ここに居てはいけない。もし覚醒したら、その時は間違いなくマークスを……MFTのみんなを、自分は殺してしまうだろう。
 日向にとって、もうこの場所は大切なものになってしまった。
 それを「守りたい」という衝動を日向が持つ限り、彼のBLACK=OUTは、それに対する破壊衝動を持ってしまう。
 相反する衝動を有する存在、BLACK=OUT。
 それを止める術が、無い以上。

「日向さんは……」
 背中に投げかけられた、マークスの声。漏れ出したその言葉に、日向の動きがぴたりと止まる。
「いなくなったり、しませんよね?」

 心を、見透かされた気がした。
 せっかく、抑えつけたのに。
 そうして自分を、無理に納得させたのに。

 答えない日向に、マークスは耐えるように言葉を搾り出す。
「私は……」
 彼女にとって、長く忘れていた、自分の想い。
 辛い出来事から自分を守るために蓋をした、自分の心。
「私は、日向さんと一緒にいたい」
 まっすぐなマークスの言葉が、日向を刺す。
「俺は……」
 自分は、どうしたい?
 自分は、どうすべき?
 そう自問を繰り返し、しかし答えなど、何処にも無い。
「俺だって、お前と一緒にいたいさ……!」
 それは、悲痛な叫び。
「けど、そうしたら俺は、きっとマークスを殺しちまう! マークスだけじゃない、宮公も、命も、四宝院やメイフェルだって、この手で! そんなの、耐えられるかよ!」
 答えが欲しくて、日向は喚(わめ)き散らす。リノリウムの床に、涙の跡が増えていくのも構わずに。
「……好きな奴を自分が殺すなんて、何でそんな滅茶苦茶な話があるんだよ……」
 その語尾は嗚咽に溶けて、決して広くは無い室内に反響する。

 その、痛々しい想いを包むように。
 マークスが、彼を背中から抱きしめた。

「そんな事には、私がさせないよ」
 強い意志を含んだ、透明な声。
「日向さんを、一人で戦わせたりなんか、絶対にしない。だから、ね? 一緒に戦おう?」

 そして日向は、はっきりと自覚する。
 自分は、マークスと共に在りたい。
 彼女を失いたくない。
 彼女を、守りたい。

 振り返り、正面から抱き合う二人。
 顔を覗かせた朝日が、彼らを赤く満たす中。
 その嗚咽は、いつまでも続いていた。

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