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BLACK=OUT

第六章第五話:白の殺戮

 少しずつ、それは距離を詰めてくる。
 驚くほど静かで。
 驚くほど重く。
 澱み沈んだ空気が、体に纏わり付く。
 距離にして、約30メートル。
 それは、立ち止まった。
 どちらも動かず、どちらも語らず。
 不意に、一陣の風が白いベールを払った。
 見まがいはしまい。
 そこに立っていたのは、紛れも無く。
「マークス!!」
 ボブカットの金髪を揺らす少女、手には彼女の得物である一丁の銃。
 駆け寄ろうと一歩踏み出す神林に向けて、その銃口が上げられる。
「マ……マークス?」
 さすがの神林も、この異常に気が付いたのか。
 踏み込んだ右足はそのままに、動きを止める。
「……どうして……」
 うつむき加減に、マークスが口を開いた。
「どうして、日向さんのところに戻ったんですか……?」
 何かを堪えるように。
 何かに耐えるように。
 それは、零れるが如く溢れ出た言葉。
「貴女が戻ってこなければ……きっと日向さんは私だけを見てくれた……私と一緒にいてくれた……っ!」
「ちょ……マークスってば!!」
「許さない……そんなの、私は許さないから……」
 マークスが、顔を上げる。
「!!!」
 それは、もう彼女ではなかった。
 青白く歪んだ顔に、目は虚ろ。
 視点の定まらぬその瞳は、しかし神林を捉えて放さない。
「だから……死んで」
 歌うように。
 彼女は呟き、そして……。
 引き金にかけた指に力を込める。
「!!」
 その気配を察した神林が、咄嗟に左へ跳んだ。
 ガウッという轟音とともに、神林の裾を掠めて弾丸が飛び去る。
「ちょ……本気ぃ!?」
 マークスの銃は、連射式に調整してある。
 間、髪を入れず第二、第三の銃撃が襲い来る……!!
「っつぅ……っ!!!」
 緩急をつけ、狙いを外しながら神林は逃げ続ける。
 しかし、これでは追い込まれるのも時間の問題だろう。
(仕方がない……とりあえず反撃しなきゃ……!!)
 次の銃撃までの一瞬、体の向きをマークスの正面に向き直らせる。
 刹那、ピタリと合わされた銃口が、神林に向けて火を噴いた。
(狙いは……体の中心……!!)
 そう読み取った神林は、大きく右前へ踏み込んで体を反転、射線の軸を外す。
 同時に、右手に心刀を具現化させ、左から右へと大きく薙ぎ払った。
「神林流心刀、一の太刀……風斬剣(ふうざんけん)……!!!」
 もちろん、通常ならば刀の届く間合いではない。
 しかし、この技は「飛び道具」。
 斬圧により生じた衝撃波が、この攻撃の要なのだ。
「二の太刀っ、牙斬剣(がざんけん)っ……!!!」
 右へと振り抜いた刀に左手を添え、続けて大上段から振り下ろす。
 横と縦、二本の衝撃波がマークスを襲う。
 この連携は、避けることを許さない。
 受けるしかない攻撃なのだ。
 案の定、マークスは空いている左手を前にかざし、防御体勢を取った。
「レジスト」
 滑空する衝撃波は、ダメージを与えるためのものではない。
(どんな防御でも、マトモに受ければ必ず隙が出来る……。接近できれば、こっちのもんだ……っ!!)
 狙い通り、20メートルはあろうかという間合いを、一瞬にして詰める。
 目の前に、マークスの顔がぐわりと迫る……!
「ごめん、マークス!  ……神林流心刀連技、嵐如乱斬舞(らんにょらんざんまい)!!!」
 渾身の力を込めた連続技。
 神林流唯一にして絶対のそれを、逡巡なく叩きつける。
 この技は発動してしまったが最後、全て出し切るまで止まらない。
 「制止する」という余裕すら奪うことで、究極まで威力を高めた技なのだ。
 その初撃、左から右への斬撃は。
 しかし、マークスには当たらなかった。
 まるでスローモーションのように、彼女のつま先が刀の一寸上を通過する。
「……ソロウ-エクストリミティ……」
 神林の攻撃に合わせて跳躍したマークスは、空中で術を詠む。
 いや、それだけでなく、左手で自身の胸に記述詠唱すら並行している。
 続く二撃、右から左上への斬り上げも、刀が頂点に達する頃には既にマークスは、頭を中心にして回転、神林の背後を取りつつあった。
「ア-マルチプロングド-フェイト-ウィル-エリミネイト-エヴリスィング-エクスクルーディング-ミィ……」
 三撃、右上から左下への袈裟斬り。
 最早そこには、マークスの影すら残っておらず。

 背後で、着地の音がした。

「クレスト、リリース」

(あ、ダメだ……)
 次の言葉はわかっている。
 自分では、避けようがない。
 哀属性の最上級テクニカル・メンタルフォース。
 術者から半径150メートルの範囲を、完全に滅する完全破壊の術式。
 誰にも等しく、死という名の運命を与える氷の女神。
 マークスが、その銘を紡いだ。

「死んじゃえ……ヴァリアス・フェイト」

 彼女の足元を中心に、地面が氷結していく。
「レジス……」
 最後まで詠む事は許されず、神林も例外なく氷漬けにされる。
 ビルも、街灯も、街路樹も。
 全てが凍り、来るべき時を待つかのよう。
 咽るような白い霧も、サラサラと音を立てて大地へ降り注ぐ。
 次の瞬間。
 マークスを中心に、衝撃波が全方位へと走った。
 氷の大地、その全てを。
 跡形無く、粉砕しながら。

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