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BLACK=OUT

第八章第五話:朱に溶ける

 響く、地鳴り。
 ごうと轟く爆音が大地を砕き、粉塵と噴煙は視界を奪う。
 敵は、たった一言で半径数メートルを焦土と変える桁違い。神林は、その攻め手の中をひた走る。
 手数で攻めねば、勝機は無い。同じ連携など、効くはずも無いのだ。
「命! 無茶はするな! マークスは回復の準備を!」
 絶え間なく動く右手は印を描き、左手は休まず己が式神を指揮する。宮葉小路の言葉に、迷いは無い。
  場の雰囲気が書き換えられた事により、回復は容易になった。反面、敵味方問わず、ほとんどの攻撃系メンタルフォースは効果が減少する。その効果を免れるの は、「喜」と「楽」に属するメンタルフォースのみだが、マークスも宮葉小路も、その属性は持っていない。唯一、その二属性を扱える神林のみが、攻撃の要な のだ。
「なるほど、『愛』の雰囲気か。防御主体の属性だが、確かにこれではこちらも戦いづらい」
 そうグランは言うが、それでも彼のテクニカルは脅威だ。多少減少されているとは言え、出力が90%程度に抑えられているに過ぎない。
「神林流心刀!」
 掛け声と共に、神林の太刀が左から右へと水平に薙ぎ払われる。
「牙斬剣!」
 高速で振り払われる想いの刀、そこから生じた弧状の剣圧は、大気を切り裂き敵へと向かう。横に伸びるそれは、生半可な回避行動など通用しない。
「貴様のパターンは変わらんな。二度、通じる私ではない」
 眉をひそめ、グランは右腕を前に突き出した。
「shock wave」
 重すぎる思いが、満ちる大気を凝縮させる。それは出口を求めてさ迷い、神林へ向けて射出された。グラン自身の右腕という名のカタパルトから打ち出された気弾は、正(まさ)しく神林の放った衝撃波とぶつかり合う。同じだけの力を逆の方向から加えれば、二つの力は相殺される。彼は、神林の攻撃を打ち消したのだ。
 そして、グランは目の前に飛び出してきたものを、己が拳で迎撃する。
 それは……黒い、大鷲ほどの大きさの、式神。
「ぬっ」
 反射的に、拳を式神へ向けて打ち込むグラン。そこへタイミング良く、本命――神林が踏み込み、刀を振るう。
「連撃! 火悟士魔剣(かごしまけん)!」
 炎を纏った大太刀が吼える。攻撃行動直後のグランに、対応する術は無い。
 避ける事叶わず、受ける事能(あたわ)ず。
 その時、グランの唇が動いた。

――burn、と。

 咄嗟に場を離れる神林。
 だが、爆発は、もっと遠くで起こった。
 そう、狙われたのは、宮葉小路たち。

「利君!」
 神林の目に飛び込んできたのは、木の葉のように宙を舞う、二人の体。幾多の破片と共に地面に叩きつけられた二人は、ぴくりとも動かない。
 彼らとて、よもやあの状況で、自分たちに矛先が向くとは思っていなかった。突然の攻撃にレジストも出来ず、それは文字通り直撃したのだ。
「そんな……」
 太刀を手に、呆然と立ち尽くす神林。
「以前伝えたはずだ。貴様たちには用は無いとな」
 そんな彼女の背後、グランが耳元で重々しく囁く。
「――――――!」
 神林はびくり、と振り向いたが、もう遅い。遠慮なく叩き込まれる死の拳、表面的な打撃だけではない、体の芯を打ち抜く必死の一撃。
「っくぅっ!」
 燃える炎の中、白い着物が朱に溶ける。大太刀を軽々と振り回す神林も、19歳の少女でしかない。屈強な男性でさえ内臓を潰しかねない一撃は、その細い体を容易に粉砕する。
 焦げた地面、転がるように地を滑走していた体が、止まる。
「宮公、命っ……マークスっ!」
 日向が、掠れた声で叫ぶ。軋む体を無視し、倒れる三人へ、這い寄る。
「く……るな……かず……ま……」
 傷口を押さえながら、宮葉小路がゆっくりと立ち上がる。裂けた衣服から覗く傷口が痛々しい。
「馬鹿、動けるなら……さっさと逃げろ! お前らじゃ勝てねぇ。そいつの狙いは俺だ! だ……から……っ」
 日向の言葉など意に介さない、そう言わんばかりに宮葉小路は、グランを睨み続ける。
「勝てないから、何だ」
 決して大きな声ではない。だが、迷いなど瑣末と切り捨てた、力強い声で宮葉小路が応える。
「僕は、僕がしたい事、しなくてはいけない事をするだけだ。戦わなきゃ……守ろうとしなきゃ、守れるわけがないだろうが!」

 そして再開した戦闘は、凄惨極まるものだった。
 グランの一方的な攻撃、それに耐えるだけの宮葉小路たち。
 立っているのが不思議な彼らは、しかし戦いを止めはしない。
 大地が燃える度に傷が増え、大気が吼える度に血が噴き出す。
「やめろ……もう……やめてくれっ……」
 日向の言葉は、三人には届かない。
 戦っているのは他人なのに、受けている痛みが何倍にもなって自らの心を刺すのだ。耐えられず、目を閉じ、耳を塞ぐ。それでも襲い来る痛みは、彼を半狂乱へと導いていく。
 神林が、倒れた。
 続けて、マークス、宮葉小路と倒れていく。
「さて、頃合か」
 息一つ乱れぬグランが、ゆっくりと日向たちに近付いていく。
(……これで、いい。俺が、B.O.P.を去れば……)
 知らず、半ばほっとした日向。
 だが、グランは日向の元へは行かなかった。
 立ち止まったグランの足元には、横たわるマークスの体。
「日向博士の指示でな。『白を壊せ』と」
 グランの目に殺意などない。だが、それは彼にとってこの行為が、まるで陶器を割るのと変わらないものであるからに他ならない。
「マークスっ! 逃げろ! 殺されるっ!」
 日向の絶叫が響く。
 マークスは、動かない。
 白い肌、額から流れ出る血液が、幾本もの朱い筋を描き、その表情は、まるで眠っているよう。
「さながら、眠り姫、か」
 そう呟き、グランは拳を振り上げた。

 殺される。
 殺される。
 殺される。
 マークスを。
 大切なひとを、失う……!

 日向の記憶の鍵が、小さな音を立てて、外れた。

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