インデックス

BLACK=OUTシリーズ

他作品

ランキング

BLACK=OUT 2nd

第一章第三話:BLACK=OUT Project

 β区からバスに乗り、十分ほど。γ区に、B.O.P.の建物はあった。八階建てで白い壁の、研究所然とした佇まいは、周りの他の建物とよく似ている。
 γ区は学術都市となっており、主だった研究施設、大学などはほとんどここにある。ということは、B.O.P.は何かの研究施設なのだろう。
「お待たせしました。手続きが終わりましたので、入りましょう」
 守衛室で征二の入所手続きをしてくれていたマークスが、手を振りながら戻ってきた。
「僕、サインも何もしてないんだけど、いいの?」
「はい。私が身元保証人ということで処理してもらいました。心配要りませんよ」
 三メートルはあろうかというゲートが、ゆっくりと開く。研究所という所に来たことはないが、妙に物々しい。心なしか、守衛の目も鋭い気がする。
「ず、随分厳重なんだね」
 征二は早くも、軽率に付いてきてしまったことを後悔し始めた。何かあったとしても、簡単に逃げ出したり出来そうにない。登録と言っていたが、どうも違う気がしてならなかった。
「二年前に、ここが襲撃される事件がありまして。非戦闘員が多数犠牲になって、B.O.P.の設備も大半が使えなくなりました。再建まで一年半……もう二度と、あんな悲劇を起こすわけにはいかないんです。――絶対に」
 マークスの横顔からは、強い決意が感じられる。きっと、彼女の本質は――彼女の強さは、その源は、ここにあるのだろう。
 ゲートを越えると、中は思ったよりも広かった。芝や植樹、小道で綺麗に整備されており、心地良い。ゆったりと曲がった小道の先にある、ゲートの外からでも見えた白い壁の建物が、B.O.P.の本部だ。
「ようこそ、BLACK=OUT Projectへ。私達は、貴方を歓迎します」
 マークスが、本部のドアを開ける。その向こうに、二人の男女が待っていた。二人とも二十代で、男の方は前髪で片目を隠した、少々キザったらしい容姿、女の方はショートカットが似合う、くりっとした目が印象的。二人とも、ここのものと思われるユニフォームを着ている。
「お疲れさまです、マークスさん。お客さんも。話は聞かしてもろてます」
 男の方が、関西弁のイントネーションで挨拶する。はあ、まあ、と征二が会釈を返し、ちらり、とマークスに視線を送った。
「こちら、水島征二さんです。水島さん、こちらの二人はMFTでオペレーターを担当しているメンバーで……」
「四宝院恭です。何かあったら遠慮なく言うて下さい」
 四宝院が差し出した右手に征二が手を伸ばそうとした時、女の方が素っ頓狂な声を上げた。
「すっごーいぃ! 本当にぃ、日向さんにそっくりですぅ!」
 語尾を伸ばした特徴的な発音は癖なのだろうか。外見は快活そうな印象だったが、喋り方はかなりのんびりしている。きっとマイペースな性格なのだろう。
「そんなに、似てます?」
 征二は思わず苦笑してしまった。世の中には自分と瓜二つの人間が三人はいるというが、余程似ているのだろう。少し不思議な気分だ。
「こちらは、メイフェル=G=彩菜さん。二人ともメンタルフォーサーではありませんけど、とても強いんですよ」
「はいぃ。こう見えてぇ、強いんですよぉ」
 えへん、と胸を張るメイフェル。だが、全く強そうには見えない。
「まあ、こんな所で立ち話っちゅうのも何ですし。宮葉小路さんも待ってはるんで、とりあえず中入って下さい」
 四宝院に促されるまま、征二は建物の中へと進む。正面にある受付は素通りして、四宝院の案内で右側奥にあるエレベーターに乗り込んだ。
「五階まではラボセクションが入ってます。何やかんや言うても、B.O.P.は研究機関やさかい、そっちがメインなんですわ」
 解説しつつ、四宝院がエレベーターのボタンを押す。目的地は六階のようだ。ゆるいGが、エレベーターの上昇を体感させる。
「これから案内するのはB.O.P.の中でも、サイコロジカルハザード対策部隊であるMFTです。今は日本中に支部を持ちますが、ここはその総本山、本部になりますね」
 マークスの話に、ふんふんと相槌はうつものの、知らない単語が多すぎてサッパリ分からない。程なく、エレベーターは六階に到着した。
「あー、マークスさん。応接室にはうちらで案内するんで、宮葉小路さんたちを呼んできてもろていいですか? 多分ブリーフィングルームにいると思うんで」
 はい、と頷いてマークスが左に別れる。征二は四宝院たちに案内されるまま、右側の通路を進んだ。
 通路はそれほど広くない。両手を広げて二人並べば通れなくなる程度だ。通路の左右に部屋があるせいか窓はないが、室内灯が十分な光量を持っているので暗い印象はない。まっすぐ向こうまで、ひたすら一直線の通路が伸びているだけだ。自分たち以外、誰の人影もない。
 ――そう、誰もいない。まるで、監獄のような……。
 三人分の足音が、バラバラに反響する。決して、揃うことなく。
「……もう少し……」
 と、四宝院が不意に口を開いた。
「メンバーがおったら、みんな楽やろうなって思います。本部やなんて言うてるけど、どこの支部もMFTの人数いうたらこんなもんです。戦えるだけの力を持ったメンタルフォーサーは多ぉないし、戦うかどうかは本人の意思次第ですから」
「二年前まではぁ、支部もなくてぇ、たった四人でこのエリアを守って戦ってたんですよぉ……」
 四宝院もメイフェルも、どことなく寂しげだ。
 ――二年前。このB.O.P.が大規模な襲撃を受けたと、さっきマークスが話していた。自分に似ているという「日向和真」がいなくなったのも、確か二年前……多分、その時に、彼は。
 やっぱり、来るべきじゃなかった。ここは、自分が立ち入っていい場所じゃない。
「どうぞ、ここです」
 四宝院がドアを開ける。室内は思ったよりも普通で、応接セットが一組と、ちょうどメイフェルの背ほどの高さの観葉植物が二鉢、ほぼ壁一面を占めるほどの広さの窓辺に置かれていた。
 勧められるままにソファに座ると、正面に大きなモニタが見えた。来賓用のテレビか何かだろうか。
「ほな、じき来る思いますんで」
「それまでぇ、少々お待ちくださいぃ」
 ドアが閉まり、一人取り残される征二。しばらくはキョロキョロと辺りの物を眺めていたが、すぐに飽きてしまった。物音ひとつしない完全な静寂が落ち着かず、ちらちら時計を見る回数が増えていく。
 およそ十分。もう帰ろうか、でも出してくれないだろうな、などと考え始めた時、再び応接室のドアが開いた。
「遅くなって済まない。少々雑務に追われていたもので」
 入ってきたのは三人の男女。挨拶をしたのは眼鏡を掛けた神経質そうな男で、歳は自分より少し上くらいか。その後ろに続いて入ってきたのは、なぜか場違いな巫女服を着た女と、マークスである。
 あ、いえ、と立ち上がると、男は少し笑って「いいから、座って」と制し、征二の向かいに座った。男の隣に巫女服の女、マークスは征二の隣に腰を下ろす。
「突然こんな所に連れてこられて驚いてるだろ? マークスから話は聞いている。僕は宮葉小路利光、このMFTのリーダーを務めている」
「あ、ぼ、僕は水島征二です。よろしくお願いします」
 ぺこり、と頭を下げる。思ったよりも丁寧な対応で、少し面食らっていることは隠しておきたい。
「こっちは神林命。マークスと同じくMFTのメンバーだ。現在、MFTのメンバーは僕たち三人で全部。少ないだろう?」
 宮葉小路が右手で示しながら紹介する。栗毛の長い髪が印象的な神林は、勝気を絵に描いたような目を興味深そうにまっすぐ征二へ向けていた。さすがに気まずく征二が目を逸らした時、ドアがノックされた。
「お茶です」
 入ってきたのは四宝院で、盆に四つのティーカップを載せている。この香りは紅茶だろう。
「コーヒーの方が良かったかな?」
 いえ、と征二は目の前に置かれたカップに視線を落とした。そんなに高そうなカップというわけでもなく、家にあるものと大差ない。水島がコーヒー党なので、あまり使う機会はないのだが。
「しかし、驚いたな。本当に和真にそっくりだ」
 にこにこと笑いながら、宮葉小路がカップを口元に運ぶ。倣って、征二も紅茶に口を付けた。
「マークスちゃんから報告を受けた時はまさかと思ったけど。映像で見るよりも実物の方がそっくりね」
 神林も宮葉小路に同調する。見た目に違わず、ハキハキした物言いだ。いい加減慣れてきたので、征二は反応しないことに決めた。
「さて、では早速だけどね。君はメンタルフォーサーだ。最近またこの近辺のサイコロジカルハザード発生件数が増えてきているのは知っているだろう? そこで――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 征二は慌てて宮葉小路の言葉を遮った。このままでは置いていかれる。状況は何も、何一つ飲み込めてはいないのだ。
 怪訝な顔をする宮葉小路に、マークスが口添えする。
「水島さん、どうも特殊心理学関係のことを何も知らないみたいで……」
「何も?」
 聞き返した宮葉小路は、一瞬理解に困ったようだ。神林と顔を見合わせ、征二に視線を戻す。
「……本当かい? テレビとか観ないの?」
「え、別に、テレビは普通に観ますけど……」
 ますます困惑している。その様子を見て、征二の方が戸惑ってしまった。
「やっぱり、常識……なんでしょうか?」
「いや……だが、連日ニュースで流れているはずだし、普通にテレビを観ていたら知っていると思うんだが」
「あたしでも知ってたくらいだもんね。中学の頃には既にマインドブレイカー退治やってたもん」
 神林が中学の頃というと、五年くらい前だろうか。もしそうなら。
「あ、実は僕、二年より前の記憶がなくて。ニュースはあまり真剣に観てないので、それでかも」
「……記憶が?」
 宮葉小路に「ええ」と返し、再び紅茶で口を湿らす。あまり飲んだことがないが、なかなか美味しい。
 しばらく考え込んでいる様子だったが「ならしょうがないね」と切り替えた様子で、宮葉小路は身を乗り出した。
「なら、特殊心理学とサイコロジカルハザードについて説明しよう。少し長くなるかもしれないが、いいかな」
「え、いえ、でも僕は……」
「興味がない?」
 相変わらず、宮葉小路はニコニコと笑っている。その笑顔が妙に嘘くさい。
「だけど、もしかしたら君が記憶を失った原因、君の過去に何らかの関係があるかもしれない。君が誰で、何者なのか――分かるかもしれないよ」
「必要ありません!」
 思わず、叫んでいた。
「……記憶を失う前のことになんて、興味はないんです。僕は今の暮らしに満足だし、僕は僕です。それ以上でもそれ以下でも……ありません」
「なるほどね。確かにそうだ。でも、君がメンタルフォーサーなのも事実だよ。今までたまたまサイコロジカルハザードに遭遇することがなかったようだけど、いつ巻き込まれるか分からない。いつでもマークスや、僕たちが助けられるとも限らない。君は君の責任において、自身を守るために適切な知識を持つべきだと考えるけど、どうだろう」
 宮葉小路の言い分ももっともで、征二は小さく「それはそうですが」と呟く。それが精一杯だった。
「まずは僕たちの話を聞いて欲しい。決めるのはもちろん君だ。いいよね」
 他に逃げ道などなく、仕方無しに征二は頷いた。もう、巻き込まれてしまっているのだ。

ページトップへ戻る