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BLACK=OUT 2nd

第十二章第六話:歪みの王

「あれは、私がしたことですね」
 征二と並び歩きながら、マークスが一人言のように言った。二人が歩いている廊下はずっと長く、右側にはずらりとドアが並んでいる。いずれのドアも開く気配はなく、辺りはしんと静まり返っていた。窓から射す明るい日差しは、やがて昼に差し掛かろうかという時間を知らせていて、その麗らかさとこの先に待つ戦いのギャップに、目眩すら覚える。
 その戦いは、この長い廊下の先に小さく見える扉、征二によるとエレベーターで昇った先に待っているらしい。
「……僕が出来ることなんて、多くないから。だから、知っているもの全てでぶつからないと、勝てない」
 征二がB.O.P.に来てすぐ、模擬戦でマークスにやられた戦法の応用。最初の詠唱で二つのテクニカルを事前に詠唱しておき、片方だけを放つ。そして一言詠唱を二の矢として放ち、視界を奪った上で背後に回って保留しておいたテクニカル——射程すらほとんどない、威力皆無の攻撃を、密接して撃ったのだ。
「きっと、以前の水島さんなら、私の戦法を使うことはしなかったんでしょうね。でも……」
 征二との間に、もうわだかまりが残っていないと言えば嘘になる。さっきまではそうだった。征二は自分を許してくれるのか、自分たちは——仲間になれるのか。
「……良かった。私は嬉しいんです。きっとこれからも、私たちは仲間でいられます」
 だけど、きっと大丈夫だ。今ならそう言える。
 征二は、寂しそうに笑って、視線を正面に戻した。そうだ、ここには征二にとって、最もそばにいて欲しい人がいない。
 ライカは、征二を追ってこなかった。それが征二ではなく、ノースヘルのみんなを選んだことだとは思わない。ライカにとって、きっと征二が近衛を殺したことはショックだっただろうから、その戸惑いは当然だと思う。だとしても——あまりに、征二が不憫だ。
「マークスが気に病むことじゃない。僕はこうなることも覚悟していたし、仕方ないことだって思うから」
 真っ直ぐ前を向いたまま、征二は歩き続ける。マークスが驚いて征二の顔を見ても、それは変わらなかった。
 ああ、だけど、それは分かるけど、それでも悔しいじゃないか。ライカの戸惑いは分かっても、それでも征二を選べないなら、彼女は一体、何しに付いてきたというのだ。今の征二を支えられるのは、心を繋ぎ止めておけるのは、ライカだけだというのに。
「だけど、あの娘を倒さない限り、私たちは進めませんでした。水島さんが戦わなければ、ライカさんがあの娘を殺すことになってしまいました。こうなることは分かっていたのに、ライカさんは——」
「いいんだよ。ありがとう、マークス。それでも僕は、ライカが傷付いて苦しむのは、見たくないんだ。だから、これでいいんだ」
 他ならぬ征二にそう言われてしまえば、マークスにはもう、何も言うことは出来ない。
 廊下の端に見えていたエレベーターの扉が、もう目の前にまで迫っていた。征二が上向き矢印のボタンを押すと、ボタンは当たり前のように光り、その動作を知らせる。水島は、このエレベーターを止めてはいなかった。
 しばらく待つと、駆動音と共に扉が開き、二人を小さな箱に迎え入れる。乗り込む二人の間に言葉はない。征二はただ、箱に自身らの目的地を告げた。
 ああ、この先に——

 ——水島柾が待っている。

 階数表示が、刻一刻と迫る二人の対峙を秒読む。征二は縮まっていく二人の距離を、少しの怖い気持ちと、それよりもずっと大きな待ち遠しい気持ちで眺めていた。
 今一度、水島と対峙する。彼の庇護下でもなく、彼に縋るでもなく、ただ対等に。征二は、強く拳を握り締めた。
 カーゴが止まり、扉が開く。目眩を覚える光の中。
「おかえり、征二。よく戻ってきたな」
 歪みの王が笑んでいる。

「水島さん……」
 ああ、なぜだろう。目の前の男は、自分を騙し利用した男なのに。どうして自分は、こんなにも——。
 征二は、懐かしそうに目を細める。戻ってきた、戻ってこられた。たったひとつの、大切なことを伝えるために。
「水島さん、僕は、あなたに聞きたいことがあって来ました」
「封神の力の解除キー、だろ? 聞けば素直に教えてもらえると思ったのか?」
「勿論そんなはず、ないですよね」
 解除キーが何なのか、それは全く分からない。パスワードではなく、何らかの事象が起こることとなれば、可能性の範囲は膨大だ。
「分かってるなら話は早い。どうしても知りたければ……力尽くで来い」
 水島は笑っている。心底楽しそうに笑っている。きっと彼はこの瞬間を、ずっと待ち望んでいた。
「あなたはメンタルフォーサーじゃない」
「お前だって和真の力が使えない。いつ主人格が封じられるか分からん状況じゃ、危なくてBLACK=OUTなんざおちおち使ってられんからな。そこのお嬢さんもBOBは使えない……だろ?」
 マークスが眉根を寄せる。水島には全てお見通しだ。マークスにとっては面白くない。
「だったら何だって言うんです? BOBが使えなくても、あなた一人を相手にするなんてどうということはありません。解除キーは教えてもらいます」
 不機嫌さを隠そうともしないマークスに、水島は片方の口の端を吊り上げる。
「どうということはない? テクニカルユーザーが? インファイターならまだしも、お前たち二人じゃどうあっても勝てねぇよ。たかがメンタルフォースを使えるだけで、俺が負ける理由にはならん」
 水島が喋る度にマークスの温度が下がる。これが水島の挑発であることは分かっているが、だからといって——我慢できるものではない。
 銃口がぴたりと水島の眉間に向けられた。
「試してみますか?」
「おいおい、俺を殺したら解除キー分かんねぇだろうが。止めたいんだろ? 封神の力を」
「話す気なんて、ないくせに」
「正解だ、お嬢ちゃん」
 マークスの眉がぴくりと吊り上がる。どうにも水島は彼女の神経を逆撫でするようだ。故意か天然か、そんなこともマークスにはどうでもいい。見た目に反してブレーキなど付いていないマークスは、その激情のままトリガーを引き絞る。
 がん、という音と共にメンタルフォースの弾丸が、シニカルに笑う水島の額に撃ち出された。
 それは程なく水島の頭を吹き飛ばす。その筈が、しかしそうはならなかった。
「ぐっ」
 代わりにマークスの隣で征二が、右肩を押さえて崩れる。笑みを崩さない水島と、傷を負った征二と。
 高らかに笑う水島の声が響く。
「だから言ったろ」
 ああ、目の前の男は、
「どうあっても勝てないって」
 歪みの、王だ。

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