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BLACK=OUT 2nd

第九章第一話:心配

 どこまでも続く闇の中に、征二はいた。前も後ろも、上下すらも分からない闇は、手足に絡みつくように重く、その自由を奪っている。泥濘に揺蕩う征二は何も出来ず、ただただ、諦めに似た境地で闇に漂うしかなかった。
 つい、と、体が後ろに引っ張られる。何も見えないが、はっきりと分かった。闇に、流されている。
 目の前に、ひとつの貌が浮かんだ。自分と瓜二つのそれは、しかし別人だと、征二は直感する。
 貌は睨んでいた。何が言いたいかは、何となく分かる。しかしもう、征二には何も出来ない。闇の中で、掴めるものもなく、流されて行く己を止める術すら持たない。

 いや、それは今だけか。

 違う。
 ずっと征二は、流されるままに生きていた。いや、生かされていた。他に身寄りはなく、言われるまま水島の家族となり、マークスに誘われるままB.O.P.に入り、そしてライカや水島のいるノースヘルに移籍した。
 だが、他にどうすれば良かったのだ。
 その時、その場で、ベストだと思う選択をしてきただけだ。望んでこうなったわけではない。
 ——じゃあ、どうなりたかったんだ。
 脳裏に浮かんだ疑問は、しかしすぐに闇で押し流された。抗う力も術もなく、征二は糸の切れた人形のように、闇の流れに同化していく。
 ふと遠くで、誰かが自分を呼ぶ声がした。
 最初は歪んでいたその声も、何度も何度も繰り返す中で次第に明瞭さを増し、輪郭を確かなものにしていく。
 行かないでくれと、言われた気がした。
 望まれるなら、自分が必要だと言ってもらえるなら、応えたい。征二は、声のする方に手を伸ばす。重たい闇を掻き分けて、自分を押し流す力に抗って、弱々しくも確かな意志として、征二はそれを示した。
 目の前に浮かんでいた貌は、いつの間にか消えていた。征二は笑う。
 なんだ、流れに逆らうなんて、簡単じゃないか。誰かが求めてくれるなら、それだけで——。

 ライカが、征二を心配そうに覗き込んでいた。その口が繰り返し征二の名前を呼んでいる。征二が、今にも泣きそうになっている少女の名を口にすると、ライカはぎゅっと征二の頭を抱え込んだ。
「征二、征二……良かった、気が付いた……」
「ライ……カ……僕は……」
 声がまだ上手く出ない。自分はなぜ、こんなところに倒れているのか。
「征二だけ起きなくて、ホントに心配したんだから。ホントに、ホントに心配したんだから!」
 まだ、頭がぼうっとする。よく分からない中で、あのライカをこんなに心配させたという、ある種の罪悪感だけがその胸に満ちた。
「おっ、征二、気が付いたか。ったくライカの奴、『せいじぃ、せいじぃ』っつってわんわん泣きやがってさあ」
「な、泣いてない!」
「じゃがライカ、取り乱しておったのは事実じゃろ? ずーっと征二の傍から離れなんだしの」
 フォーと雅にからかわれ、ライカは耳まで赤くなって睨み付ける。
「ごめん……心配かけて……」
 胸の中で詫びる征二に、ライカは「いいよ」と言って抱えていた頭を解放した。
「気が付いて良かった。私の独断で始めた戦闘で征二がどうにかなっちゃったら、私、立ち直れないよ」
 眦を拭うライカ。こんな表情を見るのは、初めてだ。
「征二、目は覚めたか」
 瓦礫を踏む音と共に、上から声が降る。見上げると長髪の麗人、セブンが細身の剣を片手に立っていた。
「セブン、警戒ありがとう。どう?」
「今のところ問題はない」
 ライカに答え、そしてセブンは屈んで征二の脈をとり、目を細めた。
「だがいつまでもここにいる訳にはいかない。いつ白にこの場所を嗅ぎ付けられるか……」
 白——マークス……!
「そ、そうだ、戦闘は!? マークスはどうなったの!?」
 征二は弾けるように起き上がると、周囲を見渡した。既に陽は暮れており辺りは真っ暗だったが、遠くに見える街明かりから辛うじて様子は見て取れる。夜の闇に浮かび上がる、夥しい瓦礫と廃墟。α区の立ち入り禁止区域、サイコロジカルハザードで滅んだかつての町に、征二たちはいた。
「もしかして、逃げてきたの?」
 数の上では優っていたし、勝てるかも、という淡い期待を抱ける程度には善戦していた。しかし、それもマークスのテクニカルひとつで逆転、圧倒されたのだ。少なくともあの場面での継戦は自殺行為だろう。
「……やっぱお前にも分かんねぇか」
 しかし、フォーが浮かない顔でため息混じりに首を振る。
「私たちにも、よく分からないの。白の攻撃を受けて氷漬けにされて、気が付いたらここ。征二は目を覚まさないし、いつ白が襲ってくるかも分からない。こんな状態のあなたを放ってなんておけないし、でも下手に応援要請なんて出来ないし……」
 言いながら、徐々に声が湿っぽくなるライカに慌てて、征二は安心させるようにライカの肩を抱いた。
「だ、大丈夫、僕は大丈夫だから……」
「てっきり、征二が何かしたと思ったんじゃがの。この本にも書いてある。ワープ、テレポート、そういうやつじゃ。——今は暗くて読めんが」
 雅が、手にした文庫本を何度も開いては閉じる。マークスに発見される恐れがあるため明かりを点けられず、いつものように暇潰しで読書が出来ないからか、活字に飢えているようだ。
「メンタルフォースで、んなこと出来るわけねーだろ」
「じゃが征二はシールドが張れるではないか」
 あれだって十分不思議な能力じゃ、と雅は頬を膨らませた。
「今回の件を検証するのは帰還してからだ。まずはここを脱出する。征二、歩けるか?」
 征二はゆっくりと頷いた。
 平時ならα区を出るくらいどうということはないが、マークスの存在がある。彼女に見付かれば今度こそ生還は難しい。姿のなかった宮葉小路と神林がどこに潜んでいるかも不明だし、B.O.P.は区境界にMFCを取り付けている。メンタルフォーサーが四人も通って気付かれない、ということはないだろう。
「ったく、厄介な奴だぜ白は。BLACK=OUTを意識階層直下まで引き上げるとかしねぇぞフツー」
「ねえ、ライカ。あれからどれくらい時間が経ってる?」
 起き上がり、体に付いた埃を払う。妙な気怠さは残っているが、体を動かすのに支障はなさそうだ。
「十五分。十五分も起きなかったんだから。もう、ホントに怖かったんだから……」
 ライカが再び愚図り出す。征二はまた慰め役に徹することを余儀無くされた。
「時間がどうかしたのか」
「あ、うん」
 征二は顔を上げた。
「マークスの使ってるBOBっていう技術は、精神への負荷が大きいから、五分以上維持出来ないんだ。それに連続使用も出来ない。あれから十五分経っているなら、BOBは切れてると思う」
 宮葉小路から聞いておいたことが役に立った。マークスはBOBを使わずとも強敵だが、この人数を相手に出来るとは思えない。α区からの脱出くらいなら、何とかなるだろう。
「んじゃ、今のうちにさっさと逃げた方がいいな。MFCは強行突破して、追手から逃げ切りゃ俺たちの勝ちだ」
「させると思いますか?」
 凍るような声が響いた。四人が、体をびくりと震わせる。
「逃がすわけないじゃないですか。ようやく見付けたのに。やっとここまで来たのに」
 恐る恐る、声の方へ征二が振り向く。瓦礫の上、街明かりを背負って立つ影が三つ。
 B.O.P.の三人が、そこにいた。

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