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BLACK=OUT 2nd

第三章第一話:レッドアラート

 アパートの階段を登りきったところで、征二はふうっ、と大きく息を吐いた。B.O.P.の寮に入ってしばらく、ここに帰って来るのは久し振りだ。
 ポケットから鍵を取り出して、廻す。慣れ親しんだ動作。シリンダーの調子が悪い錠は、妙な引っ掛かりを伴って回った。
 ドアを開けると懐かしい匂いと共に、ちゃぶ台の前に座っている水島の姿が目に入る。
「おう、おかえり」
 ただいま、と言ってから、征二は部屋の中を見回した。水島のことだからもっと散らかっているかと思ったが、予想外に綺麗である。というより、征二が家を出る前とまるで様子が変わっていない。
「水島さん、まさかとは思うけど、自分で片付けてたの?」
「そんなわけあるかよ」
 呆れたように水島が言う。
「俺がそういうの下手くそだって知ってるだろ。お前がいなきゃ何にも出来んから、会社に寝泊まりしてたんだよ」
「え、ずっと? それはちょっと……みんな困ってたんじゃない?」
「おう、すっげぇ嫌な顔をされた」
 当たり前だよ。
「そう言うな。このままって訳にもいかんことくらい分かってるって。一応な」
 一応か。征二はがっくりと肩を落とした。心配はしていたが、ほぼ予想通りの状態である。
「で、今日はオフなんだろ? いいのか、向こうの人と交流を持たなくても」
「水島さん放っとくわけにいかないでしょ」
 有事への備えとして、MFTはB.O.P.館内の寮へ入居することを義務付けられている。そのためプライベートでも顔を合わせる機会は多い。あえて彼らを優先する理由などなかった。
 せめて、オフは水島さんと過ごそう。
 それが、征二の考えだった。

「水島は帰省か」
「ええ、届にはそう」
「そうか」
 宮葉小路は頷いた。四宝院が見せたデータには、確かにそう書いてある。

 彼の保護者、水島柾のデータを情報部に集めさせたが、どうにも芳しくなかった。確かにそういう名前の人間が存在することは確認されたものの、その他の情報があまりに不自然に消えている。
どの学校を出たのかという情報はあれど、交友関係を洗っても現在に至るまで交流のある人物はいない。彼がどこに勤めているかも分からない。近所の住人に話を聞いても何も知らない。
実在しているのに存在していないような、徹底的な情報改竄。
これでは、どうしようもない。
「二人が接触することに干渉するわけにもいきませんし、今んとこしゃあないですね」
「だが、単に傍観しているわけにもいかないからな」
後手に回ると取り返しが付かなくなる。
「ここまで情報が嘘くさいと、いよいよ怪しい。決定的な証拠こそないが、この水島柾という男が何か知っているとみて間違いないだろう。四宝院は引き続き、情報部に調査を続けさせてくれ」
「水島さんへの対応はどうするつもりです?」
場合によっては、彼の身柄を拘束しなければならない。逮捕権を持たないB.O.P.では人権侵害になるが、手遅れになってからでは遅いのだ。表立っては規定されていないものの、特殊心理分野に限っては、その特殊性から超法規的措置も黙認されている。
「まだ手は出せない。敵に警戒されたくないしな。掌の上で踊らされているように振舞って、誰が黒幕か見極める」

 定時連絡を受けたのは神林だった。マークスでなかったことに内心ほっとしながら、これから帰る旨を伝える。「お土産よろしくねー」などと軽い調子で言われたが、別に遠いわけでもないのに何を買って帰れと言うのだろう。しばらく考えて、征二は結局黙殺することにした。どうせ本気ではあるまい。
「しかし何だな。天下のB.O.P.だと、やっぱり大変みたいだな。オフは一日、しかも外泊禁止とは。お嬢様かっての」
「仕方ないよ。ほとんど軍みたいなものだし」
 規模を考えるとお世辞にも同じだとは言えないが、仕事だけみれば軍と相違ない。いつ緊急出動があってもよいだけの備えが必要だ。
 またしばらくここに帰って来ることは出来ない。征二は今度こそ水島が会社に寝泊まりしないように準備をしておいた。注意事項や家事の手順書などで、家中メモだらけだ。これだけしておいても、どうせまた会社に寝泊まりするんだろうなあと思うと、ため息しか出ないのだが。
「それじゃあ僕は戻るから。くれぐれも会社の人に迷惑掛けないでね」
「おう。一応気は付ける」
「この上なく不安だ……」
 ともあれ、出来る準備は全てやった。これでもダメなら、次のオフは一日中説教だ。
 水島に見送られて階段を降りながら、その時は水島さん、どんな言い訳をするつもりだろう、などと考えて、征二は自然と笑みがこぼれた。
 と、階段を降りきったところで、インカムからコール音が聞こえた。何だろう、とボタンを押すと、相手はオペレーターの四宝院である。
『水島さん、オフんトコすんません! レッドアラートです!』
 レッドアラートーー緊急出撃コールである。征二が入隊してから一度も出撃命令が下ることはなかったので、実際に直面するのは初めてだ。征二は緊張に身を硬くした。ついに、実戦か。
『水島さんの位置は捕捉してます。サイコロジカルハザード発生地点はβ区、水島さんの現在地のすぐ近くです。そこから本部まで戻ると時間的ロスが大きいので、水島さんはその場で待機の指示が出ました。周囲の状況を警戒しつつ、本隊と合流して下さい』
「この辺は大丈夫なの?」
 水島がいる。危険が迫っているなら逃がさないと。
『その区域は大丈夫です。MFCによる封鎖が完了してます。ただ、単独でβ区へ侵入することは避けて下さい。恐らく相手は、こないだの母体です』
 あの、棒のような身体の奴か。
 征二は、四宝院からの指示を頼りに、合流地点へ走り出した。母体を倒せば、水島が危険に晒される恐れはなくなる。
 水島の、役に立てる。
 まだ夕方だが、警報が出ているせいか、人影はない。無人の街を、征二は走った。

 ライカが準備を終えたところで、隊長から連絡が入った。マメなことだ、とボタンを押すと、要件は案の定、β区の作戦進行についてである。
「問題ありませんよ。母体は活動を再開しました。付近の住民への被害もないはずです。こればかりは、B.O.P.の対応の早さが理由ですけど」
 母体の活動を活発化させてサイコロジカルハザードを発生させつつ、極力住民への被害は抑えろ、というのが隊長の命令だった。相反する命令はどういう意図があるのか分からなかったが、理由はともかく、命令は絶対である。まさか人道的見地からの配慮ではあるまいが、探るだけの理由もない。一兵士として、ただ職務を全うするだけである。
「了解しました。すぐに撤退します」
 通信を切り、傍らのチームメイトにアイコンタクトを送る。相方のフォーはつまらなさそうだ。
「んだよ、B.O.P.の奴らとやれねーのかよ」
「向こうは四人よ。潰す気ならこちらも全員要るでしょ」
「いらねーよそんなもん」
 ケケッ、とフォーが笑う。
「圧倒的に前衛不足だぁ。敵のインファイターを俺が足止めしときゃあ、後はお前が片付けんだろ?」
「そうね、そうだと思う」
 でも。
「目の前の敵を倒す事だけが、この戦争に勝つ方法じゃないわ。あんたが口を出していいことじゃない。……もし独断で動くなら、あんたでも粛清するわよ」
 ライカに睨まれ、フォーは気まずそうに目を逸らした。
「ケッ、わーってるよ。……ったく、任務任務、可愛くねー女だぜ」
「何か言った?」
「な、何でもねーよ……」
 ならいいわ、とライカは撤収の準備を始めた。どうやら矛先を向けられずに済んだフォーはほっとした顔で、自分も撤収準備を始める。
「でもよー……」
 MFCを回収しながら、フォーがぼやいた。
「そもそも俺たちの勝利って何なワケ?」
 サイコロジカルハザードを意図的に発生させることで、何が得られるのか。B.O.P.を潰したとしても、それは手段であり目的ではない。その部分を、彼らは聞かされていなかった。
「知らないわよ、そんなこと」
 素っ気なく片付けて、撤収を急ぐ。既にB.O.P.はこちらに向かっているだろう。あまりのんびりしていると、鉢合わせしかねない。

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