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BLACK=OUT 2nd

第十章第七話:仲間と呼んでいたもの

 メイフェル=G=彩菜はコンソールの前で頭を抱えていた。昨日観測された事象が余りにも現実離れしていて、どう解釈したらいいのか判断しかねていたためだ。メイフェルは何十度目かとなる同じ段取りで、ディスプレイに表示されたデータをソートする。数列は明らかに、封神の力が発動されたことを示していた。中心地はノースヘル。そこまでは、ある意味で想定の範囲内だったと言える。
 問題は。

 その力の向け先が、全世界レベルに達していたことだ。

 巨大な花の咲いたようだ、と、センサーから得られた情報を視覚化した表示を見て思う。ノースヘルを中心にくるくると渦を巻きながら外に広がっていく様は、自然界の計算され尽くした美しさにも似て、見惚れてしまうと同時にメイフェルに根源的な恐怖を呼び起こした。その紋様は幾何学的ながら有機的な趣も兼ね備え、どこか意思のようなものさえ感じたからかも知れない。
 ともかく、これが封神の力である以上、その根源は征二以外にあり得ない。ならばそれは、一体何を封じたのか。
 MFCではこれ以上の情報は得られない。諦めにも似たため息と共に画面を閉じたとき、けたたましいアラームが鳴り響いた。
 コントロールセンターからの、サイコロジカルハザード発生を知らせるアラームだ。メイフェルが慣れた手つきで詳細情報を呼び出すと、どうやらメンタルフォーサーらしき男が暴れているとの通報である。
 すぐにチームに召集をかけようと伸ばした手を、今度は別のアラームが阻んだ。どうやら、別の場所でも同時にサイコロジカルハザードが発生しているらしい。口をへの字に曲げながら、こちらも詳細情報を読んでみると、メイフェルは怪訝な顔になった。
 母体が二体、同じエリアで感知されたことによる自動警報だ。
 嫌な予感が頭を過ぎる。同時に二件のサイコロジカルハザードが発生することは、稀ではあるが過去になかったわけではない。しかしメンタルフォーサーと母体、しかも二体が同時というのは、過去に例がなかった。——状況に、作為を感じる。
 予感はすぐに現実となった。重ねて二件のアラームと通知が、メイフェルの思考を邪魔する。片方が母体、もう一方がメンタルフォーサーによるサイコロジカルハザードだ。計四件、既に事態はB.O.P.のキャパシティを超えている。戦えるメンバーは、三人しかいない。

 他支部に応援を要請するという決断は速かった。だが、宮葉小路の指示ですぐにここから最も近い支部へと連絡を入れた四宝院が、難しい顔で戻ってくることは、きっと誰にも予想出来なかっただろう。
「他の支部の管轄内でも、複数のサイコロジカルハザードが発生してて、手一杯だそうです。順繰りに数件、当たってみたんですけど、ダメですって」
 ミーティングルームに集まったマークスたちは、互いに顔を見合わせた。いくらなんでも規模が大きすぎる。思い当たる節は、ひとつだ。
「きっとノースヘルね。二年前と同じ……大規模襲撃の準備よ」
「神林さん、それなんですけど……妙なことに、ノースヘルの部隊も、災害の収拾に出払ってるようなんです」
 四宝院の言ったことに、神林を始め、他の誰もがすぐに反応出来なかった。ミーティングルームは束の間、奇妙な沈黙に支配され、宮葉小路が辛うじて、その沈黙を破る。
「フェイクじゃないのか」
「絶対と言い切れませんけど、それはなさそうです。ノースヘル部隊の動きに混乱が見られますんで。部隊も意味不明なニコイチ運用してたりで、場当たり的な対応をしてるようです」
 四宝院の情報に、宮葉小路は考え込む姿勢を見せた。
「ノースヘルが事態の収拾に当たっているなら、これは意図したものというより、事故なんだろう。この広範囲でサイコロジカルハザードを引き起こすような事故となれば、その原因として考えられるものはひとつだ」
「まさか……いえ、やっぱり、——水島さん?」
 頷いた宮葉小路に、マークスは心配そうに目を伏せた。
「もし封神の力が暴発したのなら、この先も被害が増えるかも知れない。最悪の事態は想定しておいた方がいいだろう」
 とは言え、そうなれば「最悪の事態」はどんな規模なのか、全く想像がつかない。この災害も、どういうプロセスで引き起こされたのかさえ分からないのだ。効果的な対応など望むべくもなく、場当たり的な対応しか出来ないノースヘルにしても、大した情報を持っていないことが伺える。
「例の……水島が所属している部隊は、どこに出ている?」
「確認されてる限りでは、どこにも。本部待機かもしれません」
 やはり、妙だ。本部を空には出来ないだろうが、征二のいる部隊は間違いなく遊撃部隊である。むしろこういう時にこそ、真っ先に駆り出されるはずだ。
 何より情報が欲しいが、ノースヘルで唯一、面識のある部隊が出ていないとなると、それも難しいかも知れない。彼らがいれば——情報を積極的に渡しはしないだろうが、会話から推察される事実も、いくらかはあっただろうに。
「奴らがいないなら、対症療法的に対応するしかないな。まだノースヘルがカバー出来ていない地域を、僕たちでやろう」
「ノースヘルを放っておくんですか!?」
「じゃあ今からノースヘルとドンパチかましに行くか?」
 いきり立つマークスを、宮葉小路は静かに首を振って諫める。
「間違えるな。僕たちはノースヘルと戦うのが仕事じゃない。あくまでサイコロジカルハザードの対策と対応が任務だ。ノースヘルは僕たちにとってにっくき敵だが、優先する目標じゃない。僕たちだけでこの大規模サイコロジカルハザードにはとても対応出来ないし、敵とはいえノースヘルも今回は事態の収拾に動いてる。この規模ならこちらも効率的に動かないと、いつまで経っても被害は増えるばかりだぞ」
 久し振りに叱られ、しょぼくれて落としたマークスの肩を、神林が勢い良くパアンと叩く。
「気持ちは分かるけど、割り切らないとね。ともかく、これを乗り切ろ」
「はい。……すみません、神林さん」
 ひりひりと痛む肩をさすりながら、それでもマークスの顔は晴れない。
 敵であるノースヘルとの消極的共闘体制は、状況を考えればマークスにも納得出来る。しかし、もしもこれが封神の力の暴走なら——征二を暴走させたのは、きっとノースヘルだ。ライカたちの部隊が出てこないのは、暴走している征二を抑えているからかもしれない。もう暴走は治まっているとしても、自身の精神領域に封じる封神の力は、征二に多大な負荷を掛けているに違いないだろう。
 日向なら——彼なら、きっと何とかしてしまう。BLACK=OUTを失いながらも生き延びた彼なら。根拠はなくとも、そうマークスには信じられる。だが、征二は。
 日向を自覚して、ある程度任意に封神の力を行使出来ているとしても、その力の使い方は、きっと最適化されていない。この状態が長く続けば、征二は壊れてしまうかも知れないのだ。
「和真が心配?」
 顔を覗き込むようにして尋ねた神林に、マークスは首を横に振る。
「いえ、和真さんなら、きっと大丈夫です。でも、水島さんは——力の使い方にも、慣れていないはずだから」
 神林は、少し驚いたように目を見開き——そしてすぐ、穏やかに目を細めた。
「……そっか。やっとマークスちゃんも、征やんを心配する余裕が出てきたんだね」
 えっ、と問い返そうとしたが、神林は作戦概要の説明を始めた宮葉小路に向き直ってしまったため、出来なかった。その巫女服の背中を眺めながら、マークスはその言葉の意味を考える。
 確かに、余裕なんてなかった。日向がどこにいるのか、どうなっているのか、もう一度会いたい、話がしたい、そればかりで。心配と言えば日向のことが第一で、征二のことは少しでも考えられていただろうか。
 征二の心配が出来るようになったのは、日向と話が出来たからで——そのことで、自分が安心出来たからだ。それは完全にマークスの内面の問題で、征二が置かれている状況なんて、何の関係もない。もしも、まだ日向と話せていなかったら、それでも今と同じように、征二を心配出来ただろうか。
 「仲間だ」と、征二には言った。征二も早く自分たちのことを仲間だと思って欲しいと。だが、そう言う自分は、本当に征二を仲間だと思っていただろうか。征二がノースヘルに行くことを決めたとき、自分は一番に、何を考えただろうか。「日向を奪われる」、それだけだったのではないだろうか。それで本当に、征二を仲間だと思っていたと、そう言えるのだろうか。
 なんて、身勝手で、浅ましい「仲間」だ。
 マークスはそこで、初めて自分のしでかしたことに気付く。
 だが、どれだけ心の中で征二に詫びても——その思いが届くことは、ない。

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