インデックス

BLACK=OUTシリーズ

他作品

ランキング

BLACK=OUT 2nd

第二章第三話:最初の決着

 呻きながらマークスが身体を起こす。浅かったか、と征二は呟いた。
「こんな簡単にやられるつもりはなかったんですけど」
 見れば、両手に持っていたはずの銃が、いつのまにか右手だけになっている。素早く周囲に視線を巡らすと、やや離れたところに落ちている銃が目に入った。どうらや被弾した際、取り落としたらしい。
 それを確認した征二は、まだダメージが響いているらしいマークスに視線を戻す。
「いくら連射式とはいえ、一挺ではもう、あれ程の弾幕は張れないよね。僕の勝ちだ、降参した方がいいよ」
 征二の勝利宣言にマークスは俯き、小さく肩を落とした。
「……確かに、いえ、たとえ銃を落とさなくても、水島さんのシールドを破ることは出来ないでしょうね」
 仮にこのまま続けても、決定打を与えることは出来ない。勝利を確信し、征二は一歩、マークスに近寄ろうとした。
「でも」
 その足が止まる。マークスが顔を上げた。その表情は。
「教えてあげます。私、強いんですよ。二年前のあの騒乱を、生き延びたんですから」
 強い意志を秘めた瞳が、真っ直ぐに征二を射抜く。征二の顔が、知らず苦くなった。
「もう勝負は着いてる。これ以上――」
「敵が倒れるまでは、決着なんて着いたって言わないんですよ、水島さん」
「君じゃ僕のシールドを突破出来ない! 僕の方が君より強いんだ!」
「いいえ」
 マークスが、不敵に笑った。
「あなた、弱いです」
 直後、マークスの身体が金色に光った。
「テクニカル……記述詠唱か!」
 はい、とマークスはくるりと回ってみせた。
「おしゃべりに付き合って下さってありがとうございました。お陰で回復する時間が取れました」
 征二は歯噛みした。口でキーワードを呟くことにより詠唱する口述詠唱の他に、B.O.P.では指で特定の幾何学模様を描くことで詠唱する記述詠唱も取り入れている、と教わっている。マークスは征二としゃべっている間に、記述詠唱で自身の回復テクニカルを発動させたのだ。征二から、見えない位置で。
「詰めが甘いですね。あの場合、あなたは止めを刺すべく、次を詠唱するべきでした」
 余裕の態度だ。先に一撃を入れたのに、完全に主導権を奪われてしまった。
「なら、今ここで止めを刺すまでだ!」
 征二が詠唱を始める。ほぼ同時に、マークスも詠唱に入った。だが。
(口述と記述を同時に……? 詠唱を短縮するつもりか!)
 詠唱の一部を記述で行うことで、詠唱にかかる時間を短縮する技術。まだ訓練中の征二は記述詠唱が出来ないので、必然的に口述詠唱のみになる。スピード勝負ではまず勝てない。
(でも、僕にはシールドがある。たとえ先に発動されても、無効化すれば!)
 しかし、先に詠唱を終えたのは征二だった。余程大きな術式だったのか、火力でシールドを突破しようとしたのであれば、分からなくはない。
「もらった!」
 征二の頭上に、巨大な赤い球が出現した。それは大きく渦を巻きながら、成長し、マークスを押しつぶさんばかりだ。
 その球がマークスへ撃ち出される直前、ようやくマークスの詠唱が終了する。
「遅い!」
 撃ち込まれる攻撃。力の集中した銃を両手で構えるマークス。発動した両者の攻撃が交差し、激しく反応する。一瞬の閃光と、粉々になった氷の破片が霧状になって周囲を覆った。
「これなら……」
「残念でしたね」
 背後で、マークスの声がした。背中に触れる、掌の感触。
「リリース」
 放たれる攻撃。零距離で撃ち込まれたテクニカルに、征二が貫かれる。
「私の勝ちです」
 霞む視界で、マークスが笑ったような気がした。

 ふぅ、とため息をつくと、マークスはブースのドアを開いた。おかえり、という神林の労いに笑って応え、マークスはメイフェルに声を掛ける。
「どうでした?」
「まあまあ、ですねぇ。対人戦の訓練はもうちょっと必要ですけどぉ、少しずつ実戦に出しても大丈夫かもですねぇ」
「データを纏めておいてくれ。今後の方針と併せて議論しよう。お疲れ、マークス」
 画面には先程の戦闘の映像が映っていた。神林が楽しそうに巻き戻しと再生を繰り返している。
「しかし、随分と挑発したな。そこまでは必要なかっただろう?」
 やはり聞こえていたか。宮葉小路は探るような視線を向けている。
「水島さんが、ムキになっているみたいでしたから。今後の指導に影響があっても困りますし、今の実力をはっきり自覚してもらいたかったので」
 まあいいが、と宮葉小路がフィールドを見下ろす。そこにはもう誰もいない。
「フォローは入れておけよ。水島にも立場ってものがあるからな」

 翌日。
 マークスがいつも通りにブリーフィングルームへ行くと、先に征二が来て待っていた。
「あ……おはようございます」
 もしかしたら休むかも、と思っていたので少々面食らったが、平静を装い挨拶する。征二は軽く会釈しただけで、すぐにパーソナルモニタに向き直った。何となく気まずく、マークスもそれ以上何も言わずに黙って自分の席に座る。
 マークスも、いつものようにパーソナルモニタを見ながら、しかし気にはなるため、ちらちら向かいの征二の顔を伺う。征二は相変わらず、黙ってパーソナルモニタを弄っていた。
「……み、宮葉小路さんたちは、まだです……かね……?」
 五分程、パーソナルモニタに映った自分のスケジュールに目を通していたものの、沈黙とこの空気に耐えられず、マークスが話し掛けた。
 顔を上げた征二は、とても怪訝な様子である。
「宮葉小路さんはこの時間、いつも来てないでしょ? 神林さんは四宝院さんとメイフェルさんの手伝いで、ちょっと前に資料室に行ってますけど」
 あ、そう、そうですよね、とモゴモゴ言い訳をしていると、征二がハァ、とため息をついた。
「そんな気にしないでよ。何だか僕が悪いみたいじゃない」
「い、いえ、そんなつもりじゃ……!」
 言われて、マークスは思わず慌ててしまった。その事が、指摘された事実を肯定してしまったことに気付いて、尚更落ち込む。
「……その……私、ついムキになってしまって。水島さんは経験の割に飲み込み早いと思ってます。対マインドブレイカーの任務なら、そろそろ実戦に出しても大丈夫だろうって、宮葉小路さんも言ってました。私も同じ意見です。それは本当なんですけど……」
 そこから先は言えない。言うわけにはいかない。きっと征二は分かっているだろうが、それを言ってしまうと決定的になる。

 なぜあなたは、和真さんじゃないんですか?

 それは、征二を否定する言葉だ。征二の存在を認めないという宣言だ。その決定打は、きっと征二をB.O.P.から遠ざける。今はまだ、征二を手放す訳にはいかない。

 日向を取り戻すまでは。

「昨日の模擬戦、教えて欲しいことがあるんだ」
 征二が、パーソナルモニタを弄りながら尋ねた。
「ここなんだけど」
 マークスは自分のモニタを操作して、征二のモニタを表示させた。そこには昨日の模擬戦の映像が映っている。局面は丁度最後の一撃を入れたところ。映像はそこで、一時停止の状態で表示されている。
「マークスがあの時詠唱していたテクニカルは、僕のテクニカルと相殺される形になった。もしかしたら相殺しきれずに、ある程度はこちらに飛んで来てたかもしれないけどね。記述と並行で詠唱していたのに、詠唱完了が僕と殆ど同じだったんだから、きっと凄く長い術式だったんだろう。でも僕は同時にシールドも展開していたから問題はない。そしてテクニカルの相殺で生じた塵芥で視界が悪化した隙にマークスは背後に周り、零距離でテクニカルを撃った。僕が不思議なのは……」
 画面がホワイトアウトしてから、征二が倒れるまで。その間は、一秒足らずしかない。
「君には、詠唱する時間なんてなかったはずだ、ってことなんだ」

ページトップへ戻る