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BLACK=OUT 2nd

第二章第一話:魂のある場所

 唇に、日向の唇が触れる。優しい微笑み。ビルの破片が絶え間なく、二人の周囲に降り注ぐ。
日向が名を呼んだ。そこで記憶は途切れる。記憶が再開されるのは、外に飛ばされてからだ。
白塵を上げ崩れる第三ビル。
少女は、一人ビルに残った少年の名を叫ぶ。

 あらん限り。

「また、この夢……」
 起き上がり、荒い息を吐くマークス。この二年間、ずっと同じ夢を見続けている。起きると頬が濡れていることも少なくない。
「でも、やっと見付けたんだ……」
 だから、もう泣かない。
 失ったものを、取り戻すまでは。

 征二の入隊から一週間、教育係に任命されたマークスは、忙しい毎日を過ごしていた。何せ特殊心理学に関する知識が皆無な征二に一から教えねばならないのだ。今や子供でも知っているようなことを教えるのは、思った以上に難しかった。つい基礎知識の部分の説明を省いてしまい、巻き戻して説明し直した数も両手では足りない。
 一方の戦闘訓練においては、むしろ予想以上にスムーズだった。特にシールド能力に関してはB.O.P.も詳細を把握出来ていない。そのためいかに指導するか大いに悩んだのだが、結果として杞憂に終わった。
「だいぶ慣れてきたみたいですね、水島さん」
 MFTでの戦闘訓練に使われるバトルシミュレータ。その中央で荒い息を吐く征二に、マークスはタオルを手渡した。ありがとう、と受け取り顔を拭って、征二は疲れた顔を向ける。
「まあ、何とかね。まだしっくり来てない感じがするけど」
 征二にはここ数日、ひたすら擬似マインドブレイカーとの模擬戦闘をさせている。実戦に近い環境の中で、彼に最適な戦い方を見付けるためだ。
「でも、テクニカルユーザーを選ぶとは思いませんでした。私としては、マルチファイターを選んでもらえると嬉しいんですけど」
 えっ、と征二が怪訝な顔をする。
「マルチファイターって、足でかき回して撹乱する遊撃係だよね? 近距離での格闘と詠唱の速いテクニカルフォース主体の。……僕向きだとは思えないんだけど」
「あ、はい、いえ、それはもちろんそうなんですけど、イメージというか」
 慌てて付け足したマークスだが、征二の顔を見て失言に気付く。征二の表情が険しい。
「……日向って人は、どのポジションだったの?」
 言い方に棘がある。マークスは俯いて、小さく答えた。
「その……マルチファイター、でした」
「そう……」
 征二は、自分と日向を同一視されることを極端に嫌っている。失敗したな、と内心後悔するマークスだが、それで一度口から出た言葉が消えてなくなるわけではない。
(だけど……)
 目の前にいる青年は、どこからどう見ても日向で、この二年間探し続けた日向なのだ。宮葉小路は征二と日向を同一人物だと断定しているが、少なくとも別人格なのは間違いない。ならば――ならば目の前の彼は、一体誰なのだろう。
 見付けることが出来たなら、それで終わるはずだった。
 届かない。目の前にいるのに。

「根拠?」
 おうむ返しに訊き返した宮葉小路に、マークスはこくりと頷いた。
「DNA鑑定の結果……じゃ納得しない?」
「第三ビルで見たデータを考えれば、ノースヘルはクローン技術を持ってます。水島さんが、和真さんのクローンだっていうのは自然な考えだと思いますけど」
 宮葉小路は真顔でマークスの顔をしばらく見つめた後、ふと表情を緩めた。
「何も、そんなに頑なにならなくったっていいと思うけどね」
「わ、私は――!」
「気持ちは分かるよ、僕も。多分命も同じだろう」
 苦笑する宮葉小路に思わず大声を上げてしまったが、一転同意されて続きは行方を失った。しばらく口ごもり、やがて言葉を選びながらマークスが口を開く。
「……水島さんが、和真さんと同一人物だって、とても思えないんです。確かに見た目はそっくりですけど、性格も考え方も、何もかも違いすぎます。水島さんが和真さんだっていうなら、じゃあ和真さんはどこにいるんですか? 和真さんに、どうすれば会えるんですか?」
 やっと会えたのに。やっと見付けたのに。話すことも、触れることも出来ないなんて、そんなの、嘘だ。
 黙ってマークスのすすり泣く声を聞いていた宮葉小路だったが、やがて彼女が落ち着くのを待って、口を開いた。
「まだ、推測でしかない。だからマークスには、まだ言えない。でも、僕が彼を和真だと考える根拠はちゃんとある」
 宮葉小路は腕組みをして、宙を睨みながら続けた。
「確かにノースヘルなら、和真のクローンを作れるだろう。だが、奴らが欲しがっているのはあくまで『封神の力』だ。和真のクローンを作ったとしても、奴らには何のメリットもない」
 封神の力――正邪を問わず、この世に存在する全てを封じ込める、和真の能力。二年前の事件は、それを手に入れようとしたノースヘルと、日向との戦いだった。B.O.P.はいわば、それに巻き込まれたに過ぎない。
 そしてその能力の詳細は、日向が行方不明になったために、まだ明らかになっていなかった。その能力が、「神林流心刀」と呼ばれる、一子相伝の能力だったからだ。日向以外に、封神の力を使える人間は存在しない。
「和真は、もうメンタルフォースを使えない。だが、水島は使える。その水島は二年より前の記憶を持たず、記憶を失くす前の自分がどうだったのかにはまるで興味がない。そして――」
 宮葉小路が、確信に至った最後の鍵を口にする。
「二年もの間に、特殊心理学の絡む知識のみ、全く付かなかった
「でも、それってどういう――」
「僕の推測が正しければ、和真は……」
 それっきり、宮葉小路は黙りきってしまった。

 思考を中断する。視界には、擬似マインドブレイカーとの戦闘訓練をしている征二が入っている。
「どう? マークスちゃん」
 背後から掛けられた声に振り向くと、神林が笑いながら手を振っていた。
「最初は不安でしたけど、今はあの通りです。センスあると思いますよ。まるで……」
 和真さんを見ているようです、とは言えなかった。だが神林は察したのか、「スタイルは似てないけどね」と笑う。
「でも、そうね。あのシールドを任意に張れるだけでも強みよね。テクニカルだろうが物理的な攻撃だろうが、お構いなしに無効化だもの」
 神林がフィールドとブースを隔てる強化ガラスに身を乗り出す。
「テクニカルの運用もまあまあ。基礎はちゃんと抑えてる。一週間でこれなら上等ね。そろそろいいんじゃない?」
 フィールドの赤い光に顔を染めて振り返る神林に、マークスはゆっくりと頷いた。

『バトルシミュレータ、シーケンスを終了します』
 フィールドの照明が赤から青へ。征二の動きが止まったのを確認してから、マークスは手元のマイクスタンドを引き寄せた。
「お疲れ様でした。水島さんもだいぶ上達したようですので、MFTメンバーとの模擬戦闘を行おうと思います」
 征二が、仰ぐようにこちらを向いた。ブース内のマークスの目を、真っ直ぐに見ている。
「とはいえ、対人戦は初めてですから、一番戦いやすそうな相手を、水島さんが選んで頂いて構いません。誰と戦いたいですか?」
 征二は、じっとマークスを見つめる。青く染め上げられたフィールドで、征二の目もまた、照明を受けて青い。その目が僅かに細められ、征二がゆっくりと口を開いた。
「マークスと戦いたい」
 見上げる征二に、マークスは静かに頷いた。

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