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BLACK=OUT 2nd

第四章第一話:接点

 ノースヘルのメンバーと接触した、というマークスの言葉を聞いても、宮葉小路は驚いた顔を見せなかった。β区のサイコロジカルハザードの翌日のことだったので、ただ一言、「昨日のか」とだけ応える。
「はい。要救助者の女の子です」
「根拠は」
 宮葉小路が眼鏡の蔓を押し上げた。恐らく今、彼の頭の中では様々な計算がなされている。
「本人は一般人として振舞っていましたが一瞬だけ……マインドブレイカーを目で追っていました」
「それは彼女がメンタルフォーサーだということでしかないだろう。ノースヘルだとする理由は?」
「それを隠していたからです」
 ふむ、と宮葉小路が頷いた。
「僕も同意見だ。だが目的は何だろう?」
 マークスは言葉に詰まった。恐らくその目的は征二だろうとは思うが、確証はない。宮葉小路は続ける。
「仮に水島と接触したのがノースヘルだったとして、では彼女は何がしたかったんだ。特に目立ったアプローチもなかったようだし、ましてや戦闘になったわけでもない。何より、このタイミングで接触する意味が分からない」
「昨日のサイコロジカルハザードにノースヘルが関係していて、予定よりも早く現場に到着した水島さんと偶然行きあっただけ、なんでしょうか」
「それもどうだろうな」
 難しい顔で、宮葉小路が腕を組み考え込む。
「水島柾がノースヘルの人間だとしたら、彼は水島が現場の近くにいることを知っていたはずだ」
 そうだ。征二は昨日、オフで自宅に帰っている。水島はそれを当然知っていたはずだ。
「水島柾がノースヘルと無関係という可能性も否定出来ない。だが、仮にそうだとしても、彼が何ら含みなく水島を引き取ったとも思えない」
「もしそうなら、ノースヘル以外に和真さんを狙う組織があるんでしょうか?」
「どうかな……ノースヘルが特殊心理学分野の技術を獲得したのは、日向伸宏博士を囲い込んだからだ。言い換えれば、日向博士はノースヘルを利用したとも言えるが、いずれにせよ、第三の組織が目立たずに技術を得るのは難しいだろう」
 考えても結論は出ない。確かに言えるのは、征二を――日向を狙っている者がいるということだ。
「今はとにかく、ノースヘルの動向にだけでも注意を払うべき――ということですか」
「情報部からも、まだ有力な情報は上がってきていないからな。だが、接触があったのがノースヘルであれそれ以外であれ、事態が動き始めているのは確かだ。上手く立ち回れば和真を取り戻す手掛かりも得られるかもしれない」
 宮葉小路の言葉に、マークスは胸元で強く拳を握り締めた。日向を取り返す、そのためならどんな敵とでも戦ってやる。
 ようやく敵の影が見えた。あとはそいつを倒すだけだ。

 宮葉小路と別れ、マークスはノースヘルについて調べようと資料室に向かって歩いていた。本当はメイフェルにでも頼めばいいのだが、日向に関係することなので自分の手で調べたかったのだ。
 データ化された資料はブリーフィングルームからでも閲覧出来るが、三割くらいは紙のデータである。膨大な量のそれは、本館から独立した別棟に収められており、そこまで出向いて調べる必要があった。
 本館と別館を繋ぐ渡り廊下に差し掛かった時、向こうに人影が見えた。目を凝らすと、それはこちらに歩いてくる神林だったので、マークスは大きく手を振る。ほぼ同時に、神林も両手を振っていた。
「マークスちゃん、利くんとのお話は終わったの?」
 互いに近付いたところで神林が声を掛けてきた。見たところ、これといって荷物はないようである。つまり、手ぶらだ。
「はい。それで、ノースヘルについて調べようと思って。でも珍しいですね、神林さんが調べ物なんて」
 そんなわけないじゃーん、と神林が両手をひらひらと振る。マークスが怪訝な顔をすると、神林はイタズラっぽく舌を出すと「サ・ボ・り」と言って笑った。相変わらずなその様子に、思わずマークスも釣られて笑う。
 ――本当に、この人は。
 征二が目の前に現れてからのマークスは、ずっと張り詰めたままだ。いや、二年前――日向がいなくなってから、日向をもう一度、必ず見付けると誓ったあの日からずっと、マークスは休みなく日向のことだけを考え続けてきた。
 周りが見えなくなっているという自覚はある。でも、それは自分の性分で、しょうがないとも思う。宮葉小路も神林も、きっとマークスと同じくらい日向のことを心配しているはずなのだ。特に神林と日向は古い知り合いである。何が出来るわけでもないことを知りながらじっとしていられないマークスと違って、二人とも大人だ。マークスにそんな余裕などない。だけど。
「うんうん、やっと笑ったね。最近マークスちゃんってば眉間にシワ寄せてばっかりだったから」
「すみません、神林さん。それと、ありがとうございます。私は大丈夫ですから。心配させて、ごめんなさい」
 少し照れながらマークスが頭を下げると、神林が頬を掻いて苦笑する。
「でも、直す気はないんでしょ、その性分」
「ふふ、当然ですとも」
「やっぱりねー」
 一瞬顔を見合わせて、そして二人同時に吹き出した。久しぶりに声を上げて笑いながら、マークスは思う。
 ――だいじょうぶ、みんながいれば、私はまだ頑張れる。和真さんを取り戻すまで、戦い続けられる。
 互いに信頼しあえる仲間がいて、それはこんなにも心強くて。
 だから、私は。

 資料室の中は、埃っぽいような、独特の匂いに満ちている。四宝院やメイフェルはよく利用しているので慣れているだろうが、マークスは普段あまり立ち入らない場所なので、この匂いは自分が資料室にいることを強く意識させるのだ。マークスは入り口からすぐの階段を登り、中二階に足を運ぶ。資料室の規模も小さくはないのだが、ノースヘル事件以降、彼らの情報を子細に集めた結果量が膨大になってしまい、増設されたエリアだ。ここにはノースヘルに絡む資料が集中して配置されている。
 書架の端から背表紙を順に目で追う。改めて目を通すまでもなく、ほとんどは情報部が精査した後だろう。何か見落としがないだろうか。
 征二に接触してきた少女がノースヘルでないのなら、彼を狙う第三の組織があることになる。だが宮葉小路が指摘していた通り、日向伸宏抜きで特殊心理学分野の技術を取得出来た組織があるとは思えない。
 ――ならば。
 マークスの目がある場所に留まる。日向伸宏に関する調査資料をまとめたファイル郡。彼が生まれてから、二年前にノースヘル第三支社ビルで命を落とすまでの間の、ありとあらゆる資料がまとめられているそれは、それだけで書架の一角を占領している。
 ――日向博士がノースヘルに入る前、あるいは入ってから、他社の人物と接触したか、あるいはノースヘルから独立して別組織を立ち上げた者がいるか……。
 いや、そんな露骨な人物がいるのなら、B.O.P.がとっくにマークしている。やはり日向伸宏の線から探るのは無理があるだろうか。
 ため息をつきながら、棚の一番端にあるファイルを一冊手に取る。適当にパラパラめくると、日向がまだ生まれる前、日向伸宏が学生だった頃の資料だった。おそらく卒業アルバムから持ってきたものだろう、周りに同じ学生服を着た男女が複数見える。
 何ページか進むと、顔写真がたくさん並んだページを見付けた。日向伸宏の名前を探して写真の下に入れられた名前を追っていると、別の名前が目に留まる。

 ――神林幸子。

「和真さんの……お母さん……?」
 そう言えば目元が似ている。神林にとっては叔母になるはずだが、彼女とはあまり似ていないようだ。
「そっか、この人が……」
 優しそうな人だ。この頃には二人は既に付き合っていたのだろうか。
「えっと……か、さ、た、な、は……いた、日向伸宏」
 二年前に会った彼より、当然だがずっと若かった。顔はあまり日向に似ていない気がするが、雰囲気は似ている。少し無愛想な感じで、卒業写真だというのに全然笑っていない。日向の卒業アルバムを見たことはないが、きっと彼もこんな感じで写っているのだろうか。今度、神林に訊いてみよう。
「日向博士と和真さんのお母さんは、同級生だったのね……二人で一緒に写ってる写真がないか……な……」
 独り言は、ある写真が目に入ったことで途切れる。
 嘘だ。彼の調査結果には何も……。
 ファイルを持つ手が震える。ついに掴んだ……かもしれない。これはきっと大きな手掛かりだ。和真を取り戻す次の一手となるだろうか。
 並んだ名前と写真、日向伸宏の少し先。そこには。

「宮葉小路さん、マークスです。神林さんは近くにいますか? 水島さんは近くにいませんね?」
 興奮を抑えて、なるべく平静に、マークスはデバイスから宮葉小路にコールした。心臓が早鐘を打ち、声が震える。
「見付けました。調査結果で得られた経歴は偽装されたものです。彼は……水島柾は、日向博士と接点がありました。同級生です」
 再び、手元のファイルに視線を落とす。水島柾として載っていた顔は若くはあるものの、紛れもなく彼だった。これが確かなら、洗い直せる。
「水島柾の経歴を、日向博士の母校の線から洗い直して下さい。卒業後の足跡は辿れなくても、在校中の交友関係なら辿れるはずです。もしも日向博士と交流があったなら――」
 それは、恐らく間違いなくビンゴだ。彼は日向博士のことを知っていた。ならば、和真のことを知っていたとしてもおかしくない。そしてあるいは、彼がノースヘルを選んだ理由もまた、水島がいたからじゃないのか。
 ようやく尻尾を掴んだ。絶対に放すものか。

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