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BLACK=OUT 2nd

第四章第六話:式を駆る者

 ひと気のない工場は、酷く暗かった。天気が悪く陽光が入ってこないのもあるのだろうが、そもそもほとんど開口部がない。内部は所狭しと工作機械が並んでいるが、それはどのように使うものなのか、征二には全く見当も付かなかった。
「……いない、ね」
 神林が一つ一つ、工作機械の影を覗き込んで確認しているが、マインドブレイカーの痕跡すら発見出来ない。
「でも、こんな狭い場所じゃ射線が確保出来ないですね。障害物が多すぎです」
「あたしも。ここの機械全部斬っちゃってもいいなら思いっきり戦えるけど」
 マークスと神林がそれぞれ愚痴るが、戦いづらいのは彼女たちだけに限らない。征二にとっても精密なテクニカルの運用は不慣れだし、いつ、どこから不意打ちされるか分からない状況ではシールド能力の優位性も薄れる。こんな場所でもそれなりに戦えるのは宮葉小路くらいだろう。
 その宮葉小路は、難しい顔で何かを考え込んでいた。
「どうしたんですか、宮葉小路さん」
「いや、どうも違和感があってね」
 征二が尋ねると、そう言って宮葉小路は辺りを見回した。
「ここは既に廃工場となっているようだが、見たところ工作機械に大きな傷みはない。だが荒れっぷりから考えて、それなりの期間放置されていたとしか思えない。この矛盾が一点」
 宮葉小路が、手近な機械に歩み寄り、ハンドルに手を掛けた。ゆっくり回すと、音もなく静かに回る。確かに、状態は良いようだ。
「それから、なぜ工場を廃棄するにあたって、工作機械がそのままなのか」
「別におかしくないんじゃない? こんなの売れないと思うし」
 神林の言う通り、こんなものがそうそう売れるとは征二も思えなかった。しかし宮葉小路は
「確かにそうだが、こういったものを引き取る業者がいるのも事実だ。それにこういった機械は思うほど安くない。中古で買い手が付かない、ということは、この状態を見る限りなさそうなんだが」
と言って、機械から離れた。
「でも、だとしたらどういうことなんでしょうか?」
「さて、どうだろうか。単に資産整理が面倒で、さりとて放置すると機械の傷みも早いから、メンテナンスだけはしっかりしているのかもしれないな。どちらにせよ、マインドブレイカーには関係のない話だ」
 そう言って話を締めた宮葉小路に対し、征二は軽い違和感を覚えた。
 その違和感の正体が掴めぬまま、四人の探索は続く。

 一通り工場内を見て回ったものの、それらしい痕跡は発見出来なかった。四宝院からの報告によれば、まだ反応の位置は動いていないらしい。つまり、まだマインドブレイカーはこの辺りにいることになる。
「工場内にいないということは、あっちのオフィスの方か」
 宮葉小路がゲートのそばに建てられたビルに視線を向けた。結構な高さのビルで、周囲に同じくらいのビルがないため、この区画の中では浮いて見える。もっとも、商業区にはこれよりもっと高いビルも少なくないため、取り立てて高いというわけでもない。
「部屋数も結構ありそうだねぇ。あれを一部屋ずつ覗いていくの? 時間掛かりすぎない?」
 始める前から音を上げる神林だったが、征二とて同じである。ましてやエレベーターも止まっているであろうこのビルを、階段を使って登っていくなど考えたくもない。
 しかし、もう探す場所はここ以外に残っていないのも確かだ。とりあえず行くしかないのは明らかで、率先して雨の中、ビルに向かって歩き出した宮葉小路を、仕方なく征二は追った。
 ビルの入口は自動ドアだったが、当然動作していない。神林がガラスの隙間に指を引っ掛けてスライドさせると、ドアはゆっくりと開いた。
「施錠されていないな。どういうことだ?」
「罠……ということでしょうか」
 訝る宮葉小路に答えつつ、マークスは警戒するように銃を構えた。
「罠って――一体誰が、そんな」
 マインドブレイカーはあくまで自然災害だ。誰かが意図的に起こせるものでもないだろうし、もし罠だというなら狙いはB.O.P.だろう。しかし征二には、自分たちを狙う理由には全く心当たりがない。
「誰……うーん、やっぱりあいつらしかいないんじゃない?」
 ああ、と神林に頷きながら、宮葉小路がその心当たりを口にする。
「――ノースヘル」
 二年前の事件でB.O.P.を壊滅させた組織。表向きは一般的な企業を装いながら、密かに特殊心理学分野の技術を独自に獲得し、MFT部隊を用いてB.O.P.に戦争を仕掛けてきた組織。
 二年前の事件の後、B.O.P.は当然ノースヘルを訴えようとしたが、証拠不足でそれは叶わなかった。政治的基盤の希薄なB.O.P.と違い、国政中枢まで根を張っているノースヘルの圧力による妨害があったことは明らかだったが、壊滅同然のB.O.P.に余裕はなく、また自分たちの再建が何よりも優先される状況では、ノースヘルを徹底的に追求することは難しかったのだ。結果的にノースヘルは生き残り、B.O.P.の最重要監視組織に加えられた。
「じゃあ、そのノースヘルが、また何かを企んでるってことですか?」
 征二の問いに、宮葉小路はどこか言いづらそうに「ああ」と答えた。
「その可能性がある、ということだ。さて、こんな所であれこれ推測していてもしょうがない。まずはこのビルの中を調べよう」
 念のため、エントランスのエレベーターを調べてみたが、やはり電源は入っていなかった。十数階はあろうかというビルを階段で、全室調べて回るのは骨が折れるし、何より時間が掛かる。
 征二がそれを指摘すると、宮葉小路は「問題ない」と自信ありげに笑った。
「そのための、僕の技能だ。――来い、式!」
 宮葉小路が右腕を払うと、彼から立ち上るメンタルフォースが絡み合いながらひとつの形を成し、それは程なく一羽の鳥に姿を変える。翼を広げれば一メートル以上はありそうな、鷲のような大きな鳥だ。
「こいつに偵察してもらおう。探せ、式!」
 宮葉小路の指示に忠実に従い、大きな鳥――宮葉小路の式神はエントランスの奥に姿を消した。
「一体じゃ時間が掛かりそうだな。来い、式!」
 再び宮葉小路が腕を振り、先ほどと同じ式神が今度は二体出現する。偵察の指示を受けた二体は、今度は階段を伝い上階へと向かった。
「これで僕達が動かなくても、マインドブレイカーの位置は特定できる」
 これが宮葉小路の武器、式神である。その正体は、いわば人工的なマインドブレイカーとも言うべきもので、メンタルフォースにより作り出された人工生命体のようなものだ。マインドブレイカーとの大きな違いは、それを生み出したメンタルフォーサーが母体化しているか否かだけでしかない。
 もちろん、メンタルフォーサーなら誰でも式神を作り出せるわけではなく、本人に特殊な素養が必要である。仮に素養がなくとも訓練次第で身に付けること自体は可能だろうが、本人の適性に合わせて訓練を施したほうが伸びが良いという理由から、B.O.P.では推奨していない。そのため全国規模で見ても宮葉小路のような式神使いは多くなく、本部であるこの部隊においても式神使いは彼だけである。
「いっぱいいると便利だよねぇ。二年前は一体しか出せなかったもん。今は何体まで出せるんだっけ?」
「八体だ。それ以上はコントロールが利かないし、僕の精神力も削られすぎる。運用効率そのものは、メンタルフォース的な観点から見れば決して良くない技術だからな。多く出せればいいというものではないし、出さないで済むならそれに越したことはない」
「まあ、回りくどいのはあたしには合わないからいいんだけど」
 明るく笑う神林の頭を、苦笑しながら宮葉小路が小突く。奥に消えた最初の式神が戻ってきた。それはそのまま、階段を上っていく。
「……一階にはいなかったみたいですね」
 どこか余裕が感じられる二人と違って、マークスはずっと臨戦態勢だ。常に神経を張り詰めているようで、静かな殺気が感じられる。緊張しているわけではなく、何かひとつのことしか頭にないような――視界にそれ以外、まるで入っていないような、そんな印象を征二は受けた。
「なら、僕たちもそろそろ行こうか。マインドブレイカーがいるとすれば、少なくとも四階から上だ」
 前衛である神林を先頭に、四人は階段を登っていく。その足音に紛れて、前を歩くマークスが小さく日向の名を呟くのを、征二は聞き逃さなかった。

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