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BLACK=OUT 2nd

第六章第二話:先手

 神林が宮葉小路とブリーフィングルームに行くと、そこにはマークスが一人で座っていた。どうやら征二はまだ来ていないらしい。それもそうか、と神林は時計を見て納得した。定時まで、まだあと一時間以上もある。
「あ、おはようございます。あれ? 宮葉小路さん? ……随分早いですね」
二人が入ってきたことに気付いたマークスがデスクから顔を上げ、普段はこの時間に見ない顔に驚きの声を上げた。
「おーっはよ、マークスちゃん。征やんはまだ来てないの?」
ええ、とマークスがコンソールに視線を戻しながら答える。何か作業でもしているのだろうか。気になった神林が尋ねると、マークスは「はい、ちょっと」と曖昧に答えた。何か考え込んでいる様子である。
「引っ掛かってることがあって。上手くは言えないんですけど。実は、先日の一件から、そろそろノースヘルが動き出すんじゃないかって思ってるんです」
さっき道場で聞いた話と同じだ。神林は思わず宮葉小路の顔を見た。
「ああ、僕もちょうど同じように考えてた。先程命にも言ったことだが、そう遠くないうちにノースヘルは仕掛けてくると思っている。具体的にどう来るかは分からないが――」
「狙いが、もし和真さんなら……」
宮葉小路を遮るように呟いたマークスは、話をするというよりも自分自身に確認しているかのようだ。
「和真さんの、『封神の力』が目的なら、ノースヘルは和真さんの身柄を確保しようと動くと思うんです。特に今なら……記憶を失って『水島征二』として生活している今なら、上手く言いくるめれば傷付けることなく和真さんを手に入れられるかもしれない。彼らの計画に、協力させることが出来るかもしれない。でも、――本当にそうなんでしょうか? それだけなんでしょうか?」
「どういうこと? 何もおかしくないと思うけど」
首を傾げる神林。そもそも二年前の事件も、同じ目的で行われたもののはずだ。
二年前の事件では、最初から日向は自分の父親、日向伸宏博士と敵対していた。そのため日向博士は、言わばB.O.P.のメンバーを人質に取る形で彼に言う事を聞かせようとしていたのだ。だが今回は違う。記憶を持たない征二なら、意のままに操ることも難しくはないだろう。征二の身柄を奪われたら負け、とする理由はそこなのだ。
「分からないんです。どうして水島さんはB.O.P.にいるんでしょう?」
だが、マークスの口から出た疑問は、予想外のものだった。
「どうしてって……」
神林は宮葉小路と顔を見合わせた。
「それはマークスちゃんが、というより、あたし達がそうするように持っていったからよね? どう見ても和真だったし」
「いえ、それは正確じゃない……そう、どうして水島さんは、ここに来ることを許されたんでしょう」
誰に、と言いかけて、神林は絶句した。そうだ、どうして今までこんな単純なことを見落としていたのだろう。

 征二を保護していたのは、水島だ。

「水島柾がノースヘルに関係しているなら、みすみす私たちの手に水島さんを渡すことはないと思うんです。彼らにしてみれば、もう一度取り返せる保証なんてどこにもないわけですし……水島柾は、本当はノースヘルと無関係? そうなのかもしれませんけど、そうは思えなくて……」
 マークスが再び考え込んだ時、神林たちの背後でドアの開く音がした。
「おはようございます! あれ? どうしはったんですか、二人でそんなトコ突っ立って」
「あれぇ? 宮葉小路さん、今日は早いですねぇ」
 入ってきたのはオペレーターの二人、四宝院とメイフェルだった。すぐに脇へ避けた神林たちを通り過ぎ、「何かあったんですか」と言いながら持ち場につく。
「あ、いや。何でもない。――水島は?」
「今日はぁ、まだ見てませんねぇ」
 のんびりとした口調のメイフェルは、欠伸を噛み殺しながらコンソールに向かっている。四宝院も首を横に振った。まだ部屋にいるのだろうか。
「……考えていても仕方が無い。ノースヘルは近日中に仕掛けてくると考えて行動しよう。水島にも十分に気を付けるように言っておかないとな」
「水島さんに、『水島柾がノースヘルと関わっているかもしれない』って話すのはどうでしょうか」
「確証がないし、下手に言えばそのままノースヘルに入ると言い出しかねない。言わない方が賢明だ」
 神林は時計を見た。あと三十分もすれば征二はここに顔を出すだろう。宮葉小路はああ言ったが、彼に何の説明もなくノースヘルと戦わせるのは恐らく無理だ。日向のことを伏せて状況を説明し、納得してもらえるとも思えない。しかし征二は明らかに日向と自分を同一視されることを嫌がっているし、全てを話したところで反発を招くだけだろう。
 征二を取り巻く状況が複雑過ぎる。
 モニタを見つめるマークスの横顔は厳しい。日向を失ってから二年間、彼の生存を信じて探し続けた少女は、彼を見つけさえすれば全てが丸く収まると考えていた。それは神林も同じだ。宮葉小路は、そう簡単な話ではないと思っていたようだが、いずれにせよ、こんな状況になるとは誰も考えていなかっただろう。
 こうなると自分は無力だ。頭より先に身体が動くタイプなのは自覚している。難しい話は分からないし、どうすれば一番いいのかなんて、いくら考えても思い付かない。
 だからせめて戦おう。攻めてくるなら蹴散らそう。日向のことで頭が一杯のマークスも、B.O.P.という大きなものを一人で背追い込んでしまうような宮葉小路も、何だかんだでみんなに心配を掛け続けている日向も、きっと自分のことで手一杯なのだから。
 きっと、それがあたしの役割だ。
 よし、頑張ろう。神林が気合を入れ直した丁度その時、どこかでアラームが鳴った。無意識に音の出処を探ると、四宝院が耳元に手を当てていることに気が付く。どうやらインカムのスイッチを押しているらしい。外部からの通信だろうか。
「あ、お疲れ様です。――はあ、え? い、今からですか? え、どうやろ……」
 何か戸惑っているらしい四宝院が、ちらちらと宮葉小路を見ている。
「えっ、もう出てるんですか? ちょっ、はあ、分かりました」
「恭ぉ、どうしたのぉ?」
 通信を切った四宝院に、メイフェルが尋ねる。
「水島さん、遅れるって。っていうか、何か慌ててる感じやったわ」
 首を傾げる四宝院。――嫌な予感がした。
「遅れるって……何で?」
「何か、知り合いが困ってるから助けに行くんだとか言うてましたけど。もうここを出てるみたいでしたし、完全に事後承諾やん?」
「利くん!」
 まずい、先に動かれた。
「行きましょう。準備します」
「緊急出動だ。四宝院、水島にコール、並行して車両の手配を。メイフェルは水島のトラッキングを頼む」
「え? りょ、了解」
「水島さんはぁ、β区ですぅ。位置情報を同期させますねぇ」
 事態が飲み込めないまでも、四宝院たちが指示された作業を始める。マークスは既に準備を終えたようだ。神林はすぐにでも出られる。
「水島さん、コールに反応しません!」
「呼び続けろ。返事があったらすぐに戻るよう命令だ」
「輸送部より、車両準備完了の報!」
「MFT出撃、作戦目標は水島征二の身柄の保護だ。あとは任せるぞ、二人とも」
 オペレーター二人が頷くのを確認して、三人はブリーフィングルームを出た。メンバーの間に言葉はない。長い廊下に、慌ただしい足音だけがいくつも重なり木霊した。

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