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BLACK=OUT 2nd

第六章第三話:激突

 ゆっくりと目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。少し体をよじると、床に触れた部分からひやりと冷たい感触が伝わる。どうやら、地面に転がった姿勢でいるらしい。
 起き上がろうとしたが、無理だった。いや、その前に手が動かない。後ろ手に回された状態で縛られているらしい。動かそうとするとカチャカチャと音がした。金属製の手錠のようだ。
 手を使うことは諦めて、肩と足の力だけで上体を起こそうと試みる。見れば足首も同様に枷が嵌められていたが、座り姿勢に持って行く分には問題なさそうだ。
 二、三分掛けて体を起こし、コンクリートの柱を背にもたれるように座った。視線が高くなり、周囲の状況がよく見える。どうやら、どこかの廃ビルにいるらしい。
 窓ガラスはほとんどが割られていた。窓から他の建物が見えないので、もしかしたら高層ビルなのかもしれない。だとすればここはβ区のどこかか。
 埃の臭いが鼻につく。征二は、どうして自分がこんなところにいるのかを考え、ほどなくそれを思い出した。
 ――そうだ、僕は……

 ライカを助けに来たんだ。

「気が付いた?」
 声の方へ振り返ると、そこにはライカがいた。
「久しぶりじゃの、青。元気そうで何よりじゃ」
 ライカだけではない。他に三人いる。うち二人は先日α区で遭遇したメンタルフォーサーだ。確か少女の方は近衛雅、長身の男はセブン=オーナインといったか。
「……ノースヘルだったんだね、ライカ」
 ライカは答えず、目を伏せた。その態度が全てを物語っている。
 自分は縛られて、このビルに連れて来られた。それは覆せない事実だ。
「へえ、なよっちい見た目に似合わず、肝座ってんじゃん。いいぜそういうの、俺は嫌いじゃねぇ。俺は4666、みんなからはフォーって呼ばれてる。短い間だが仲良くしようや」
 ヘラヘラ笑う男がしゃがみ込んだ。彼もメンタルフォーサーか。
「……B.O.P.は僕のデバイスを自由に走査出来る。じきにここにみんなが来るよ」
「おっと、そりゃ警告か? それとも脅し? どちらにしても意味ねぇぜ。そんくらいのことは俺らだってお見通しさ。あんたのデバイスはここにある。勿論電源だってちゃんと入るぜ。ライカにゃ触らせてねぇからな。あいつに触らせて壊しちまったら大変だ。何たって……」
 フォーが大袈裟な身振り手振りで取り出した物は、確かに征二のデバイスだ。手のひらサイズのそれをフォーは二本指で摘み、征二の目の前でぷらぷらと揺らして見せる。
「あんたの仲間をおびき寄せなくなっちまう」
 ケケケ、と喉の奥を鳴らすように笑ったフォーだったが、直後に悲鳴を上げて頭を抱えた。見上げるとライカが赤い顔で拳を固めている。
「余計なこと言わないで! ……征二、あなたには悪いけど彼らを釣るための餌になってもらうわ。シールド能力を持つあなたは厄介なの。あなたさえ無力化出来れば、私達は勝てる。――数の上でも有利だから、ね」
「マークスたちと……戦うつもり?」
 殲滅するわ、とライカは言った。
「そういう命令だもの。でも安心して。あなただけは助けてあげる。捕虜として、ノースヘルで拘束することにはなるけど」
 自分を見下ろす四人は、宮葉小路たちが警戒するノースヘルのメンタルフォーサーだ。実際に戦っている所を見たわけでもないので分からないが、強そうな気配は伝わってくる。多分、征二では足元にも及ばない実力者たちだろう。
 だが。
「やめた方が、いいよ」
 神林にも、あるいは宮葉小路にも、勝てるかもしれない。だけど、彼女だけは。
「マークスとだけは戦っちゃダメだ! 彼女は……何か、おかしい」
「確か、β区で会った、変な銃持った金髪の女の子でしょ? 腕は良さそうだったけど、ヒーラー相手に負けはしないわ。接近してしまえばこちらのものよ」
「そうじゃない! 彼女は――」
「言っても、もう遅い」
 セブンが、フロアの入り口と思しき方を向いた。
「来たようだ」
 逆光を背負い、黒いシルエットがビルの縁取りに三つ立つ。B.O.P.の戦闘部隊、MFTの兵。
「遅くなって済まないね。だがこんな手を使わずとも、招待されればいつでも応じるぞ。出来れば次からはそうしてくれた方が、こちらとしては有難いんだがね」
 中央の影が一歩進み、反対側の窓から差す光の中に足を踏み入れる。浮かび上がった顔に、眼鏡のレンズが白く光った。
「……そうしても良かったんだけど、征二のシールド能力は厄介だったから。確実に勝てる方法を取らせてもらったのよ」
 ライカが構えた。呼応するように他の三人も隊列を組む。ライカとセブンが前、雅とフォーは後衛のようだ。
「征やん、大丈夫? すぐに助けるから、ちょーっと待っててねー」
 神林が鼻歌交じりといった調子で前に出た。彼女はインファイター、敵の前衛を足止めするのが役割である。メンタルフォースで刀を生成する神林の後ろで、残った最後の影がカチリ、と金属音を立てて両手に銃を構えた。拳銃サイズのそれは、圧縮されたメンタルフォースを撃ち出す特殊な銃だ。その銃口はピタリと――ライカに向けられている。
「返して」
 最後の影、マークスが低く呟く。その声は背筋が凍るほど昏く、明確な殺意を漂わせていた。いや、それは最早妄執と言った方が正しいかもしれない。
「水島さんを、返して――!」
 その言葉の末尾に重なるように銃声が響いた。普通の銃と違いやや高いその音が、機銃のような速さで反復される。ライカの反応は迅速だ。マークスが引き金を引くより早く、身体の軸線をずらしていた。そのまま身体を沈め、地を這うように距離を縮める。狙いはマークスだ。
「通さないよ!」
 させまいと神林が立ち塞がる。だが。
「お前の相手は俺だ、女」
 セブンの長剣がそれを阻む。喉元に迫る刃を紙一重で切り替え、受けた。見た目に反し軽い斬撃。しかしセブンは長い得物を器用に引いて、再び下から振り上げる。防御は間に合わない。
「く……っ!」
 身体を捻るように回避を試みた。切っ先が朱袴を裂き、白い肌が露わになる。
「こんの!」
 その間隙を突き、大上段から刀を振り下ろす。セブンは長剣を振り切っている。避けられまい。
 だがセブンは斬撃の勢いを殺さず半回転し、神林に背を向けた。そのまま肩に担いだ長剣で攻撃を受ける。
「真っ直ぐな太刀筋だ。確かに重いが、芯さえ外せば大したことはない」
 セブンの口調はつまらなそうだ。神林の額を、一筋の汗が流れた。

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