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BLACK=OUT 2nd

第二章第二話:模擬戦

「水島はマークスを選んだのか」
 征二の模擬戦が始まると聞いて駆け付けた宮葉小路が、神林の隣でフィールドを覗き込んだ。直径三十メートルの円形のフィールドで、件の二人は差し向かいで立っている。両者の距離はおよそ十メートル、今はメイフェルの設定待ちで、マークスは準備運動をしていた。
「まあ、妥当な選択ちゃいますか? 初心者の水島さんにインファイターの相手せえっちゅうのは無茶やし、インファイターとガチで渡り合う宮葉小路さんじゃ勝ち目ないでしょ。ヒーラー相手ならまあ、やりようによっては勝てると踏んだんでしょね」
 モニタを睨みながら四宝院が口を挟む。
「火力的にはそうだけどねー。いっぺんやり合った身としては、マークスちゃんってば本気出したらスゴイんだぞ、っと」
 鼻歌を歌いながら試合開始を待つ神林は、どうやらマークスが勝つと踏んでいるようだ。
「でもぉ、水島さんのシールド能力はぁ、マークスさんにとっては不利ですよねぇ。正面から撃つ限り、攻撃が通らないと思った方がいいわけですしぃ。回り込めるだけの機動力ぅ、マークスさんはありませんしぃ」
 目の追いつかない速度でモニタをスクロールさせつつ、メイフェルが異論を挟んだ。確かに背後からの攻撃手段を持たず、足で掻き回すことも出来ないマークスは些か不利である。
「水島がマークスを選んだのは順当、ということかな」
 宮葉小路が呟く。勝負の行方自体に、意味はない。

 手足を伸ばしながら、マークスがちらりと征二を見る。既に体が暖まっている征二は静かに目を瞑っていた。イメージトレーニングだろうか。
(みんなは水島さんが私を選んだ理由を、一番戦いやすいからだと思ってるけど、違う気がする)
 誰と戦いたいか訊いた時、征二は逡巡しなかった。視線を追えば分かる。征二は、迷わずマークスを選んだのだ。
 征二は模擬戦のことを知らない。教えていないからだ。だが征二は迷わずにマークスを指名した。彼の中で既に決まっていたのだとすればそれは。
(戦いやすさじゃなくて、私を倒したいと思っていた、ということ?)
 理由なんていくらでも思い当たる。日向だ。何かに付け日向の影をちらつかせるマークスを、征二がどう思っているのか、想像に難くない。
 でも、そういうことなら。
(私にだって、あなたに対して手加減する理由なんて、ない)

『準備出来ましたぁ。それではぁ、マークスさん対水島さんの模擬戦を始めまぁす!』
 フィールド上の緊迫感に対してやや間の抜けた声が、二人の頭上にあるスピーカーから響く。
「ねえ、水島さん」
 マークスが、彼女専用にチューニングされたMFG――メンタルフォース弾を撃ち出す銃の調子を見ながら、声を掛けた。
「どうして私を選んだんですか? 私になら勝てるって、そう思いました?」
 静かに問い掛ける。普段の彼女からは考えられない、冷酷にすら聞こえる声にも、征二は動じない。
「僕は勝つよ。君を倒す。僕の戦い方で、君を」
 征二にとっては突然の対人戦のはずだが、まるでこの戦いを予期していたかのように落ち着いている。漂う闘志は、きっとメンタルフォーサーでなくとも感じ取れるだろう。だが。
「水島さん……あなたに、私は倒せません」
 マークスが告げる。この会話は、ブースにいる宮葉小路たちにも聞こえているはずだ。
『お待たせしましたぁ。それではぁ、模擬戦を開始しまぁす』
 張り詰めた空気におよそ似つかわしくないメイフェルの声が、二人の会話を遮った。
『レギュレーションはぁ、2.11ベーシックで行いまぁす。テクニカル使用可、BOB使用禁止、時間無制限、大脳活動反応七十五パーセント低下でKOと判定されまぁす!』
 マークスが両手に銃を構える。対する征二は徒手空拳で挑む構えか。右手に神経を集中しているのが感じられる。開幕直後に詠唱するつもりだろう。
『MFC解除、五秒前。三、二……』
 システム音声がカウントダウンを始める。イニシアチブを取れるのは、どちらか。
『戦闘、開始』
 青から赤へ。直後に動いたのはマークス。両手の銃が火を吹き、征二の詠唱を阻もうと襲い掛かる。しかし銃弾は征二に届くことなく掻き消えた。
(シールド……思ったより厄介ね)
 消滅する弾幕の向こうで、征二の口が動いている。あの術式は上級テクニカルだ。
 マークスは回り込みながら口述で詠唱する。両手は休むことなく銃を撃っているが、全て征二のシールドに阻まれた。
(この術式なら私の方が早い……だけど……)
 思った通り、先に詠唱を終えたのはマークス。意識を集中させた銃口から、十数本の光線がでたらめな弧を描き射出された。それはそれぞれ全く別の軌跡を残しながら、寸分違わず征二へと収束していく。回避を許さぬ網の目のような攻撃は、しかし。
(消された……っ)
 この結果は十分予想出来た。だが、やはり目の当たりにするとある種壮観である。征二に降り注ぐ雨のようなテクニカルは、ただの一本も残さずシールドに掻き消された。火力を上げるか? いや、それが無意味なことは、今までの戦闘訓練から既に分かっている。
(水島さんがこちらを認識している限り、こちらの攻撃は通らないと考えないと……)
 だが、物陰からの不意打ちなど、障害物のないこのフィールドでは不可能だ。一対一では背後に気付かれず回り込むのも無理だろう。
 この戦闘において、マークスに決定打を与える糸口はなかった。

 間に合うかと思ったが、マークスの方が早かった。それでも詠唱は止めない。シールドに詠唱は必要ない。止める、ただその意志さえあればいい。
 回避は不可能とも思えるマークスのテクニカルを全て掻き消し、征二は最後まで詠み切る。
「よし、当たれッ!」
 征二が腕を振った。マークスの足元が爆ぜる。直前、マークスが跳ねた。空中で回転しながら銃を乱射する。思わず征二は後ずさった。攻撃は全てシールドで防げるが、予想外の回避と反撃に、つい圧倒されてしまったのだ。
「なら、これで……!」
 避けさせない。征二が続けて詠唱を始めた。詠唱中に大きな隙が出来てしまうのがテクニカルユーザーの弱点だが、相手が格闘戦を行わないヒーラーであるなら、そんな弱点はないも同然だ。相手の攻撃を完全に無効化出来る以上、詠唱の長さを気にする必要すらない。
 マークスは休むことなく銃撃を加えてくるが、征二を振り切れないでいる。詠唱をしている様子はない。
(これで……)
 詠み終えた。
 広範囲攻撃が可能な上級テクニカル。放射状に広がる攻撃が、マークスを襲う。レジストは間に合わない。
 大きく弾き飛ばされ、マークスはフィールドの端に倒れた。

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