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BLACK=OUT 2nd

第五章第五話:ファーストコンタクト

 数多の敵を燃やし駆けながら、いくら何でもおかしい、と宮葉小路が呟いた。デバイスで確認出来る限り、マインドブレイカーの反応は着実に減っている。しかし一方で彼の表情は晴れない。最初の接敵から数十分、常に移動しながらの戦闘は休むことなく続けられていた。一度に襲ってくるマインドブレイカーの数は決して多くなく、それぞれの負担は比較的軽微である。それは確かに違わないのだが、ならばこの状態はどういうことだろう。
 汚染度合いによらず、マインドブレイカーはまず均等に分布したりしない。元が元だけに感情が溜まりやすい場所へと集まりやすい習性があることをB.O.P.では確認している。手元のデバイスに表示されたMFアトモスフィアもそうなっている。
 なのになぜ、常に一定数のマインドブレイカーと戦い続ける、という展開になっているのか。
 二体を倒せば二体が追加される。五体を倒せば五体の追加。常に視界に数体のマインドブレイカーが見えている。余程囲まれているのかと思えば、敵を倒さない限り追加されることはない。追い込まれている感じがない分、気持ちの上では楽だが、ダラダラ続く戦闘は休む時間がゼロである。
「イニシアチブを取られているような気分だ。敵は強くないが」
 宮葉小路が燃やした敵は何体目だったか。一度に巻き込む数は多くても五体までだ。彼のキャパシティなら数十体でも一度に攻撃できるが、何故か一度には現れない。小出しに顔を見せるマインドブレイカーに、宮葉小路は仕方なく何度も詠唱することを強いられていた。
「このままでは宮葉小路さんの負担が大き過ぎます。幸い、敵の数は多くありませんし、攻撃役を水島さんにしてもらってもいいんじゃないですか? というより、そうしてもらった方がいいと思いますけど」
 両手の銃で弾をばら撒くマークスの提案に、征二も頷く。自分がシールドを張らねばならぬほどの物量は、相手の攻撃にはない。精神力というリソースは余っているのだから、余剰戦力は攻撃に回した方がいい。征二とて攻撃用のテクニカルは、この程度の数相手であれば十分なくらいには使える。一方で宮葉小路の精神力がもたなければ、これ以上物量が増えた時に征二では対応が不可能になってしまう。守りは手薄になるが、この程度の数であれば各自で自衛が可能だ。考える余地もない。
「僕にも考えがあってね。……奴らの思い通りになんていかないということを、教えてやる」
 宮葉小路はインカムに向かって、マインドブレイカーの動きをトレースするように伝えた。メイフェルの了解と同時に、四体のマインドブレイカーが爆散する。
 瓦礫の中を、四人は進んだ。

 汚染区域の中央に到達した時、ようやくマインドブレイカーの攻撃がひと段落した。デバイスを見ると、まだ周囲には多くの敵影が残っている。倒したのは全体の三割程度だろうか。一時間余り戦い続けた割にこれでは、先が思いやられる。
「メイフェル、母体の反応はあるか?」
 マインドブレイカーが増えた様子はない。母体らしき反応も見られないようだ。ということは、α区にはいないのかもしれない。
「隣接区域の警戒もした方が良くないですか? 母体はいないみたいですし」
 隣の区と言えばβ区だ。ここと違って人の数も多い。一般人への被害を心配した征二だったが、宮葉小路は静かに首を振った。
「恐らく本丸はここだ。狙いは僕たちを誘い込むこと。データの収集が目的だろう。……違うかい?」
 宮葉小路が突然、ひと気のない廃墟の群れに向かって呼び掛ける。答える声はない。ただ荒涼とした風が煤けた瓦礫の隙間を吹き過ぎて行くだけだ。それでも宮葉小路は、確信を持っているかのように呼び掛け続ける。
「僕たちの継戦能力を量るつもりだったんだろう? だが残念だったね。このおよそ一時間分の戦闘で、僕らは逆に君たちの能力を量らせてもらった。もう十分だよ。そろそろ姿を現したらどうだい? ――ノースヘル!」
 ざり、と、砂利を踏む音がした。音のした方に征二が目を遣る。そこには十歳くらいの女の子が一人、立っていた。
「ほうほうほう、噂に聞く通りじゃ。んむ、お主がB.O.P.の『碧』じゃな? なるほどなるほど、噂に違わぬ洞察じゃ」
 少女の口調は、まるで見た目に合わず、年寄りじみている。にもかかわらず、それは妙に似合っていた。
 いたずらっぽい目の上で綺麗に切り揃えられた前髪。絹のような黒髪は腰まであるだろうか。身に付けた着物といい、姿勢のいい立ち姿勢といい、日本人形のようなその出で立ちが、口調と馴染んでいるからなのかもしれない。
「お、女の子? まさかこんな小さな子が――」
「神林さん、油断しないでください。どんな姿をしていても、敵は敵です」
 マークスに銃を向けられても、少女は怯えるどころか高笑いで返した。崩れた街に幼な笑い声が響く。
「おお、さすがは『朱』じゃ。情には弱いと見える。じゃが妾は嫌いではないぞ。なに、遠慮することはない。それから『白』、可愛い成りで怖い女じゃ。仮にもヒーラーじゃろ? もっと優しくしてもいいと思うがの」
 マークスの顔が強張る。
「そこでぼーっと突っ立っておるのが『青』じゃな。ふむ、なるほどなるほど。シールド能力とやら見せてもらったぞ。いいのぅ、あれがあれば妾も一人で戦えそうじゃ」
「なら、今の君は戦えない。そういうことかい?」
 式神を飛ばそうと身構えた宮葉小路に対して、しかし少女は「そうではない」と首を振った。
「妾は一人、とは言うとらん」
「その通りだ」
 少女の後ろ、瓦礫の影からもう一人が姿を現す。少女の倍くらい背のある、長身の男だ。
「接触は初めてだな、B.O.P.。俺はセブン=オーナイン。こいつは近衛雅。共にノースヘルのメンタルフォーサーだ。――ああ、そちらの自己紹介は必要ない。ノースヘルは貴様ら全員を把握している」
 セブンと名乗った男の手には一振りの洋剣が握られている。明らかにメンタルフォースで生成されたものだ。
「四対二で勝てるとでも思っているのか? わざわざ出てきてくれたことには感謝するが、手加減は出来ないぞ」
「勘違いするな」
 睨みつける宮葉小路を、セブンはどことなく見下すように見返す。
「接触は許可されたが、戦闘は許可されていない。貴様たちの相手は彼ら――マインドブレイカーだ」
「宮葉小路さん、これ!」
 征二は思わず叫んだ。手にしたデバイスに表示されたマップ、マインドブレイカーを示す光点が、全て中央に――征二たちの周囲に集まっている。
「小出しにする必要はなくなった。貴様らがこれを乗り切れぬなら良し、乗り切ったとしても、我らにとって重要なデータが得られる」
「お主らを焼けぬのは心残りじゃが、仕方あるまい。んふふ、こんな所で死なれても詰まらんからの、精々生き残ってくれ。――それでは、またの」
「待て!」
「駄目、利くん! 追ってる場合じゃないって!」
 離脱する二人を追おうとした宮葉小路だったが、神林に引き止められた。見回せば、見える位置に無数の目が光っている。耳障りな音が、四人のぐるりを取り囲む。
「まずはこの局面を乗り切りましょう。敵ははっきりしました。いつでも……殺せます」
 マークスが銃を構える。ぞっとするような冷たい声音に押されたのか、あるいは怜悧な殺気か、マインドブレイカーの動きが一瞬止まった。
 二挺の銃が火を放つ。虐殺が、始まった。

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