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BLACK=OUT 2nd

第六章第四話:静かな狂気

 神林の動きをセブンが妨害している間に、ライカがマークスへと迫る。しなやかに地を蹴り疾駆するその様は、さながら獲物を追うコヨーテだ。
「式!」
 テクニカルユーザーにインファイターの相手は厳しい。数、特に前衛の不足は明らかで、だからこそ対応も既に想定済みである。宮葉小路は三体の式神をライカにぶつけた。見たところ彼女はパワータイプだ。マークスの銃撃と複数の式神、両方を掻い潜ってここまで到達するのは容易ではあるまい。
「く、ちょこざいなぁッ!」
 そして、その目論見は概ね当たっていたようだ。ライカは足を止めざるを得ず、対応に苦心している。必ず直線でしか飛んでこないマークスの銃撃と違い、宮葉小路の式神は空中を縦横無尽に飛び回る。もしも式神だけなら隙を突いて距離を詰めればいいし、銃撃だけなら「点」を外せば当たらない。だが両方、となると、ライカの選択肢は極端に狭められる。式神を振り切ろうと一気に詰め寄れば、マークスの攻撃に曝される以上、式神の変則的な攻撃をいなしながらじわじわと間合いを詰めるしかない。その間に後衛を倒し、応援を断てば勝てる。
「どこを見ておるのじゃ、碧」
 真下から聞こえた声にぎょっとする。宮葉小路の足元には、いつの間にか雅が立っていた。
「くっ、馬鹿な!」
 宮葉小路は慌てて飛び退る。一方のマークスは二挺の銃の片方を雅に向けた。
「無駄、無駄じゃ!」
 楽しそうに笑う雅がマークスの銃弾を手にした扇子で弾く。メンタルフォースで生成された、彼女専用の装備だ。
「『吹き飛べ』」
 混乱の中心で、雅が紡ぐ。同時に彼女の周囲に衝撃波が生まれ、宮葉小路たちを襲った。
「そんな……詠唱なしでテクニカルを?」
 目の当たりにしても、征二には信じられない。B.O.P.で学んだ技術では、口述か記述かいずれかの詠唱が必要だった。だがたった今雅が見せたのは間違いなくテクニカルメンタルフォースで、そして彼が知るような詠唱を使ってはいない。征二にとっては全く未知の現象だ。
 驚きに目を見張る征二にくるりと振り向いた雅が、満面の笑みで両手を振る。
「青、青よ! どうじゃ、妾の力! ライカも強いが妾だって負けておらぬぞー!」
 至近距離でテクニカルを受けた宮葉小路とマークスは吹き飛ばされ、倒れている。見たところレジストは間に合ったようだが、吹き飛ばされた時、壁に背中を強打したようだ。物理的なダメージで動けないでいるらしい。
「利くん! ……このッ!」
 神林がセブンを振り切り、雅に向かって突進する。しかし。
「私はフリーなのだけど?」
 ライカが神林の死角から、腹部に拳を叩きこむ。メンタルフォースを乗せた強烈な一撃に加えて、
「『爆ぜろ』」
 その一言と共にライカの拳が炸裂し、神林の身体が宙に向け弾き飛ばされる。神林はそのまま天井に激突し、力なく床へと叩きつけられた。
「なんだよ、全ッ然、弱えじゃんよ。俺の出番ナシ? つまんねーな」
 フォーが口を尖らせて両手を頭の後ろで組んだ。
「ヒーラーのあんたに出番なんてないわよ。――さて、一人ずつトドメ、刺しましょうか」
「ライカ!」
「もう少しそこで大人しくしていてね、征二。見たくないなら目を閉じて――」
 背後で、影が立ち上がる。
「後ろだ、ライカ!」
「何よセブン、あんたまで……」
 怪訝な顔で振り返ったライカの目が一瞬、驚きに見開かれる。直後に彼女の両脇を氷牙が駆け抜けた。
「……大した打たれ強さだわ。征二があんたに気をつけろって言った意味が分かるわね、白」
 幽鬼の如く立つ、金髪の少女。その手には既に、持っていたはずの銃はない。
「あなたが……あなたが……和真さんを……」
 それは最早、呪詛だ。マークスのテクニカルはセブンと雅を捉え、その意識を狩った。前に出ようとするフォーをライカは手だけで制し、目の前の呪詛に意識の全てを集中する。唯一のヒーラーであるフォーを失うわけにはいかない。彼には他にやるべきことがある。
「許さないわ。私、許さないから!」
 マークスが叩き付けるように放った言葉とともに、無数の氷牙がライカを襲う。ライカはこれを転がって回避し、次に備えた。
 マークスの攻撃はテクニカルと言うよりも、ただ感情をぶつけただけのものだ。力の総量こそ大きいものの、効率的に運用出来ているとは言いがたい。何よりコントロールなどまるでされていないものだ。マークスが我を忘れて暴走しているのなら御しやすい。何より彼女はヒーラーだ。懐に入り込めば、何とでもなる。
「――来て」
 勝機はある。そう確信したライカは、マークスのその呟きを聞き逃してしまった。
「BLACK=OUT!」
 低い姿勢で踏み込み拳を繰り出した時、叫びとともにマークスの身体がぶれたように見えた。彼女の内側から、何かもう一つの影が出てきたような錯覚。気が付けばライカの拳は、マークスの手のひらに包まれていた。
 驚く間もなく、マークスがライカの拳を掴んだまま手を引く。釣られるように身体を引っ張られたライカの顎を、マークスの裏拳が打ち抜いた。
 吹き飛ぶライカの身体を追い掛け、マークスが踏み込む。追い付くはずのないその迫撃は、ライカの身体が地に落ちる前に追い付いた。真上から拳を振り下ろす。ライカの防御はぎりぎりで間に合ったが、宙に浮いていては身体を支えるものはない。そのまま地面へと叩き付けられる。
「が……はっ」
 肺から空気が追い出され、呼吸が止まる。それを自覚する前に、ライカは地面を転がった。今まさに自分の身体があったところに、唸りを上げて振り下ろされる、マークスの拳。轟音と共に、コンクリートの床に亀裂が走る。
 ――これは、何?
 マークスはヒーラーだと聞いていた。何度か採取した彼女の戦闘記録を見ても、このような戦い方をしたという情報はない。だが、だとしたらこれは――何だ。
 転がった勢いを利用して起き上がり、距離を取る。だが思うようにはさせてくれない。マークスの踏み込みは速く鋭く、ライカを自身の間合いの内へと入れてくる。
 ――メンタルフォースの暴走? だとしても、これはない。有り得ない。
 マークスの動きは、熟達した戦士のそれだ。暴れて手足を振り回しているだけではない、洗練された動き。だからこそ、こんなことがあるはずがない。
 ――押されているどころか、翻弄されている? 私が? ヒーラー相手に?
 パワーも、スピードも、テクニックも、全てにおいて――ライカは、マークスに圧倒されていた。
「フォー!」
「お、おう!」
 フォーが援護のためにテクニカルを撃つ。数本の雷撃がマークスを襲うが、それも一瞥したマークスが腕を振り、無効化した。氷で生成された障壁が攻撃を阻んだのだ。
 マークスの指がライカの肩に食い込む。そのまま身体を押され、ライカはバランスを崩した。覆い被さるようにマークスが、空いた手でライカの顔を掴む。
「あなただけは、許さない」
 マークスが顔を近付ける。ライカは悟った。これが征二の言っていた本当の意味。マークスの静かな狂気の発露。
 ライカは投げ飛ばされ、壁に叩き付けられた。脆くなっていた壁が崩壊し、いくつかの欠片がライカの上にも降り注いだ。身体はもうとっくに悲鳴を上げており、少なくとも継戦可能な状態ではない。
 だが、逃げるわけにも行かなかった。
 埃っぽい空気の向こうに、静かな狂気が立っている。

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