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BLACK=OUT 2nd

第五章第三話:どこまでも遠い

 B.O.P.に来てから何度目かになる定期ミーティングは、これまでのそれと大きく雰囲気が違っていた。マークスがピリピリしているのはいつものことだが、普段は話を半分も聞いていないような神林が真剣な顔で資料として配布されたデータを閲覧している。一体何があったのだろう、と訝りながら席に着き、画面で点滅しているアイコンに手を伸ばした征二の目に飛び込んで来たのは、「ノースヘル」という単語だった。何かのコードだろうか。見慣れないその単語を調べようとした時、ドアが開いて宮葉小路が現れた。
「すまない、待たせた。ミーティングを始めよう。四宝院、資料は?」
「つつがなく」
「助かる」
 大げさな仕草で答えた四宝院に短く礼を言って、宮葉小路は四宝院にメインモニタへのデータ表示を指示した。
「先日のδ区での戦闘についてだ。マインドブレイカーのいたビルの状況から、何者かの干渉があったことは疑う余地もないが、周辺調査の結果、B.O.P.はこの干渉をノースヘルによるものと断定した」
「例のビルは調査の結果、ノースヘル関連企業の孫請け企業が所有していたものだと判明しました。しかし業務の実態が確認出来ず、ノースヘルの秘匿作業を担当する工場であったと考えられます」
「使われていないはずの工場に機械が残っていたり、ちきんと整備されていたりしたのはそれが理由だとすれば、納得出来ますね」
 宮葉小路の後を引き継いでの四宝院の説明に、マークスが真剣な顔で頷いた。
「あの……ノースヘルって……?」
 だが、征二は話に付いていけない。ノースヘルが企業グループの名であることは知っているが、それがδ区の事件に繋がらない。そう言えばあのビルの中でも宮葉小路はその名を挙げていた。
「ああ、水島くんは知らなかったね。ノースヘルというのは、二年前の事件で僕たちが戦った相手だよ。表向きは一般企業だが、裏では秘密裏に特殊心理学技術の研究を重ね、人工メンタルフォーサーを量産してB.O.P.に戦争を仕掛けた組織……それがノースヘルだ」
 なるほど、つまりノースヘルが再びB.O.P.に戦争を仕掛けてきた、ということなのだろうか。
 だが。
「あの、そのノースヘルがB.O.P.を襲う理由って何なんですか? ノースヘルは何の目的で動いてるんでしょう」
 征二の疑問に、マークスと神林が戸惑うように顔を見合わせた。ややあって、宮葉小路が口を開く。
「……マークスから聞いているかもしれないが、二年前の事件で、僕たちは日向和真というかけがえのない仲間を失った。二年前ノースヘルが企んだのは、和真の身柄を確保して、この世界を終わらせようとしたものだ。今回の件でノースヘルが何を目的として動いているかは分からないが、僕は――水島君、君の能力が目的ではないかと考えている」
「僕の……能力……?」
 征二の能力と言われても、思い当たるのはシールド能力くらいしかない。しかし、それはあくまで防衛のための力だ。この力をもってして世界を壊すなどできるはずもないし、宮葉小路が本気でそう考えているとも思えない。
 ――水島と和真は同一人物だと考えている。
 数日前、夜中のラウンジで神林に話していたのは、当の宮葉小路だ。二人だけのその会話を、まさか征二が聞いていたとは宮葉小路も思ってはいまい。だからこんなデタラメが言えるのだ。マークスも、神林も――これが誤魔化しであることは、知っているはずなのに。
 結局、彼らは「ノースヘルは日向を狙っている」と思っているのだ。いや、思い込んでいるのだ。征二は日向ではないのだし、ならばノースヘルにとって征二は目的にならない。
「ああ。だが安心してくれ。そう易々と君をノースヘルの手に渡す気はない。……話を戻そう。ノースヘルが再び仕掛けてきた以上、こちらとしても奴らを無視は出来ない。それに恐らくだが、ノースヘルは既に僕たちとの正面衝突に向けた準備を全て終わらせたと考えられる」
「どゆこと? 隠れてコソコソやってる時点で、まだ準備出来てないと思うけど。それならさ、あいつらが本格的に動き始める前に潰しちゃえるでしょ?」
 宮葉小路が神林の疑問に答える前に、マークスが険しい顔で口を開いた。
「隠蔽が雑過ぎます。ノースヘルは、見つかってもいいと思って先日の事件を起こしたとしか思えません」
 不審な点があったからこそ、B.O.P.はこの事件を詳しく調査した。本気で隠したいなら、勘付かれたくないなら、不信感を持たれぬようにもっと気を遣うだろう。
「まるで自分たちの存在をアピールするかのようだ。……ノースヘルから僕たちへの挑戦状と言い換えてもいい。言うなればδ区の事件は、B.O.P.への宣戦布告だ」
 宮葉小路の「宣戦布告」という単語に、征二を除く全員の表情が変わった。征二が今まで感じたことがないほどの緊迫感が、ブリーフィングルームに充満する。過去に類を見ないほどの被害を出し、B.O.P.がその機能を停止するまで追い込まれたという二年前の事件――誰もがそれを想起していることは明らかだった。
「僕たちはこれを受けて立つ。トレーニングメニューも対人戦を念頭に置いたものへと切り替える。――もう、二年前を繰り返させない。繰り返させるものか」
 宮葉小路が、コンソールに置いた拳を固める。その様子だけで二年前を経験していない征二にも、彼がどれだけのものを失い苦しんだのか――理解するというには程遠くも、察するには十分だった。
 きっと彼が、彼らが奪われたものは日向だけではないのだろう。彼らには、ノースヘルと戦う明確な理由があるのだ。
 ――だが、征二にそれだけの理由はない。
 ノースヘルは敵だ、二年前の事件の元凶だ、と言われても、征二にはそうですか、と頷くことは出来ない。傍で彼らの刺さるような戦意を目の当たりにしたとしても、それはどこか遠い――他人事でしかないのだ。
 ブリーフィングは今後の方針へと移っていった。数々のデータを参照しながら重ねられる熱い議論を遠くに眺め、征二は唇を噛む。
 ――また、僕は一人だ……。
 何をしても、どうしても、彼らとの距離は離れていく。征二を、表面上は仲間として扱う彼らが被る仮面を剥がすことは、出来そうになかった。

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