インデックス

BLACK=OUTシリーズ

他作品

ランキング

BLACK=OUT 2nd

第十二章第一話:障害

 五人の目の前には、大きなゲートがそびえ立っていた。まだ夜の明けきらぬ、静謐な早朝の空気は、これから起こることとどこかちぐはぐで、まるで現実感に乏しい。
 周りには誰もいない。人の気配もない。事実、近辺の住人は、とうに逃げ出したのだろう。皮肉なことだが、ノースヘルの部隊がサイコロジカルハザードの収拾に当たってくれている。征二たちはその間に、災害の根源を断つのだ。
「本当に、ここからでいいのか?」
 宮葉小路は、顔にこそ出していないものの、どうやら不安を感じているらしい。それもそのはずで、今彼らの目の前に立っているのは、ノースヘルのメインゲートだ。表向きは研究施設となっているが、この地域を統括している、ノースヘル私設部隊の軍事拠点である。そのメインゲートともなれば、防衛力は推して知るべしだ。
「大丈夫。もうここに残ってるチームは、ほとんどいないから」
 振り返りもせずに、ライカはただ、見慣れたメインゲートを見上げる。
 ここは、帰ってくる場所だった。厳しくはあったが、それでも暖かく迎えてくれる場所だったのだ。だが、今はもう違う。このゲートはこんなにも威圧的で、圧倒的だっただろうか。
「で、どうやってここを突破するわけ? 結構分厚そうだし、あたしに斬れるかなあ」
 神林が口の端を吊り上げながら、右手の拳を顔の左に持っていく。まだ心刀は出していないが、不敵な笑みは、命じられれば躊躇なく試す——試したくて仕方がないと、そう物語っていた。
 乗り越えるには高すぎるし、ぐるりは塀に囲まれている。宮葉小路もマークスも、恐らくは征二も、壁をよじ登るのは得意ではない。で、あれば、強行突破しかないだろう。
「神林さん、本当に体調は大丈夫なんですか?」
 心配そうに訊いたマークスに、神林は「へーきへーき」と片手をひらひらさせて答えた。
「僕としてはもう一日、休んでいて欲しかったんだが。言い出したら聞かないからな、こいつは」
「あたしが休んでいる間に世界が終わるなんて嫌だしね。それにどうせ終わるなら、最後の瞬間は利くんの隣がいいのだ」
 で、どうするの? 斬るの? 斬らないの? ——そう改めて問う神林に、宮葉小路が右手を挙げようとしたとき、しかし意外にも、ゲートは向こうから開き始めた。
「……どういうつもりでしょうか」
 B.O.P.の三人が、互いに顔を見合わせ、困惑している間にも、ゲートはゆっくりと開き続け——やがて完全に、闖入者を迎え入れる態勢が整う。あまりにもあからさまな罠の気配に、猪突猛進が信条の神林ですら二の足を踏んでいた。
「……そういう、ことか」
「どこまでもあの人の掌の上……気に入らないわね」
 だが、征二とライカの二人は別だった。征二は考え込むような様子で、ライカは悔しさを滲ませて、躊躇なくゲートの中へと足を踏み入れていく。
「おい、二人とも! 迂闊に進まない方がいい! ……大体、緊急事態とはいえ、防衛戦力を残していない方が不自然なんだ」
「呼んでるんです。来いって言ってるんですよ、水島さんが」
 止めようとする宮葉小路に、征二は立ち止まり、ゆっくりと振り向いて答える。
「水島さんは、僕が——僕たちがここに来ることを知っていた。来るしかないって、分かってたんだ。そしてたぶん、全部、このためだった」
 きっと水島さん自身も気付いてないけど、と言って、征二は再び、一度止めた足を進めた。
「だから少し待つんだ! そんな所にみすみす突っ込んだら、相手の思う壺だぞ! ……ああ、全く!」
 聞く気のない征二たちに折れて、宮葉小路は苦い顔でその背中を追う。マークスと神林も束の間顔を見合わせ、ぱたぱたと男たちに続いた。
 果たして、ゲートを潜っても、ノースヘルの兵士による迎撃はなかった。宮葉小路はほっとしながらも、まだ気は抜けないでいる。ゲートから建物までは長く、広い前庭が広がっている。そのどこかで攻撃があってもおかしくないのだ。
 しかし何の障害もなく、五人は正面入り口に辿り着いた。ここまで人影は全くなく、ガラス越しに見える受付にも、誰もいない。
「さあ、入ろう」
 静かに、自動ドアが開く。がらんとしたホールは、五十メートル四方ほどあるだろうか。天井も吹き抜けとなっているせいか、かなり高い。左右の階段からは二階の回廊へ上れるようになっており、また、一階奥にはエレベーターも見える。
 歩けば、その足音は幾重にも響いた。不気味なほどに静けさの中で、この足音だけが、やたらと存在を主張する。
 ホールの中央へ足を進めたとき、先頭を歩いていた征二とライカが、不意に足を止め、上を——回廊を見上げた。つられて見上げても、そこには何もない。
「戻ってきちまったんだな、ライカ」
 聞き慣れた、軽い調子の男の声が響く。回廊の柵の向こうから声の主、一つの顔が覗いた。
「フォー……」
「連隊長の言ったとおりだ。お前たちはここへ来るだろうってな。……ライカ、出来ればお前とは戦いたくねぇ。ここを出て行くんなら、俺らはお前を追わねぇよ。頼むから、退いてくれ」
「私も、あなたたちとは戦いたくない。共に育った家族だもの。共に戦った、仲間だもの。だからお願い。私たちを通して」
「それは叶わぬ相談だ。我々の任務は、お前たちをここで足止めすること。たとえ相手がライカ……お前でもだ」
 回廊の右翼から、セブンが姿を現す。
「待ちかねた……待ちわびたぞ、青! お主とはもう一度戦いたいと思うておったのじゃ! それにライカ、お主の本気とやらも、まだ見ておらんしの。今一度、手合わせ願おうではないか!」
 そして回廊の左翼からは近衛が。日本人形のような少女から発せられる引き攣れた笑い声が、狂ったようにホールに響く。
「こちらは五人、そちらは三人だ。お前たちに勝ち目がないことは分かっているだろう。時間を無駄にしたくない。そこをどけ」
 宮葉小路が眼鏡を指で押し上げる。彼の言う通り、これは無謀な戦いとしか言えない。しかし、そんな指摘も、最早無意味だった。
「だったら、なんだ?」
 まるで意に介さず、セブンが冷たく睥睨する。
「我々は時間を稼げばそれでいい。あるいは、連隊長が相手する人数を少しでも減らせれば。いずれにせよ、お前たちを通す理由にはならない」
「あまりつれないことを言ってくれるな。よっと」
 近衛が柵を飛び越え、階下にふわりと着地する。着物の端が軽く持ち上がり、降り立つ様は黒鳥のようだ。続いてセブンも飛び降り、征二たちは左右を挟まれる形となる。奥のエレベーターは止められているだろう。どうあっても、この二人を突破するしかない。
 近衛の口の端が持ち上がる。
「さあて、簡単に根を上げてくれるなよ」

ページトップへ戻る