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BLACK=OUT 2nd

第七章第二話:外された枷

 髪型、よし。メイク、よし。服装、オッケー。
 念入りに鏡の前で前後左右をチェックする。部屋に姿見などないので、ホールの壁でやっているのがちょっと雰囲気出ないが、まあ仕方ない。
「……よし」
「何がよしなのじゃ?」
 ぐっ、と握りこぶしを固めたところで、背中からの声にライカは飛び上がった。
「み、みみみ雅ちゃん!?」
「そんなに着飾って……さては青とデートじゃな?」
「ち、ちが……そういうんじゃないって!」
 雅のジト目があちこちに刺さる。ライカは何となく居心地が悪く、身を縮めた。
「じゃが青と会うのであろ? どうして突然色気付いておるのじゃ」
「それは、その……」
 問い詰められ、ライカは口どもった。ただでさえ後ろめたい――というほどではないにせよ、あまり褒められた行為ではないことを自覚しているのだ。ましてやこの格好を見ればライカが浮かれ気味であることは明白で、だからこそ雅も白い目で見ているのだろう。
「妾は良いぞ。デートに連れていけなどとも言わん。じゃが面白くないのう」
 雅が頬を膨らませていると、その肩をフォーが叩いた。
「よお、何だ何だ、オメカシしやがって。テメェが女の子してんのも珍しいからいいけどよ」
 からかいにきたフォーをライカは睨み付けてやるが、いつもならすぐに引くのにまだニヤニヤと笑っている。弱点であることは見抜かれているようだ。
「ま、ライカが興味持つのも分かんぜ。青の奴、B.O.P.のくせにライカみてぇなジャジャ馬にご執心ときてる。最初はスパイ活動でもするつもりかと思ったが、あいつにそんな器用な真似が出来るとも思えねぇしな。しっかし……何でスカートなんだよ」
「しかもミニじゃ。生足じゃ」
 二人の呆れた視線に晒され、ライカは落ち着かない様子でスカートの裾を摘まんだ。
「えっ、やっぱり似合わないかな?」
「キャラじゃねぇだろ。ま、黙ってりゃそれなりには見えるって。セブンの奴が見たら目も合わせてくれねぇだろうな」
「ああ……セブンの苦手意識もすごいよね。私がダメだったら話せる女の人なんていないでしょ」
 仕方がないので、セブンが誰かとバディを組む必要がある時は雅を充てる場合が多い。子供が相手であれば、セブンの女性嫌いもマシなようだからだ。
「あ、いけない。もうこんな時間」
 話し過ぎた。というより、鏡の前でのチェックに時間を掛け過ぎた。時計を見ると、征二との待ち合わせ時間が差し迫っている。
「ま、精々頑張って猫被って来い。それと青にも礼を言っておいてくれ。お前のお陰で隊長が助かった、ってな」
「ええ。――フォーもありがとう。あの時あなたがB.O.P.と交渉してくれなかったら、救助が遅れていたかもしれないし」
「よせよ」
 フォーが照れくさそうに頭を掻いた。
「お前の身が危ねぇって時に、躊躇なく飛び出したのは青だ。何であいつがそんなにお前を気に入ってるのかは知らねぇけど、だから俺は、敵だがあいつのことは信頼していいと思ってる。お前に関しちゃな。まあ、だから何だ。礼を言うなら青に言えよな」
「もちろん、征二には改めてちゃんとお礼をするつもりよ。でも、あのときだってあんたが征二の枷を外したから、私は助かったわけじゃない?」
 征二の手足の枷を外さなければ、彼がライカの元へ駆け付けることも出来なかったはずだ。だがフォーは困ったような顔で「それなんだけどなぁ」と言いづらそうに言った。こんな煮え切らない表情は、フォーにしては珍しいかもしれない。
「俺、あん時……青の枷を外したりしてねぇんだよ。あいつが行っちまった後も俺は鍵を持ってたし、あいつが外していた様子もねぇんだ。そもそも外した後の枷がどこにも見当たらねぇ。まるで最初から、枷なんて付けてなかったみたいなんだ」
 フォーの不可解な話に、ライカと雅は顔を見合わせた。
「どういうこと? 確かに征二には手足に枷を嵌めたわよね?」
「妾も確認したぞ。だから奴は立ち上がれずに転がっておったのではないか。てっきり機転を利かせたおぬしが青を自由にしたのじゃと思っておったのじゃが」
「青からは外してくれって頼まれたけどな。俺は外してねぇんだ」
 もしかしたらB.O.P.には縄抜けの技術でもあるのかもしれねぇな、とフォーは言った。だが本人も釈然とはしていないようで、首を傾げている。
「征二に訊いてみるわ。もしB.O.P.にそういう技術があるなら教えてはくれないだろうけど、技術の有無くらいは分かるはずだもの」
「あんまり根掘り葉掘り訊いたら青に嫌われるぜ。そうでなくてもお前みてぇなジャジャ馬にいい話なんてねぇんだ。ここであいつを逃がしたら当面男なんて出来ねぇぞ」
 フォーが意地悪そうにニヤニヤ笑う。いつもなら言い返すか、ひと睨みして黙らせるところだが、こういう話題には慣れていないので言い返せない。
「妾は一向に構わぬぞ。青がライカに愛想を尽かすなら、妾が青を貰うだけじゃ。青も若いおなごの方が良かろうて」
「若過ぎるわよ。まだ十二歳でしょ、雅ちゃん」
 雅はおどけた口調だが目が笑っていない。ほとんど話もしていない征二の、どこを雅は気に入ったのか、ライカには甚だ疑問である。大方フォーと同じく、面白いとか珍しいとか、そういう興味本位の話なのだろうが。
「さて、それじゃあ行ってくるわ。何かあったら連絡をちょうだい」
「青を欠いた状態であやつらが仕掛けてくるとも思えん。お主が青と共に行動しておる限りは何かなど起こらんじゃろうて。――と、言いたいところじゃが、白の件もあるからの」
 ヒーラーであるはずのマークスが突如豹変し、ライカですら追随できないほどの身体能力を発揮して接近戦を挑んできた。結果、ライカ達はあわや全滅というところまで追い込まれたのだ。――マークス一人によって。
 その時のことを思い出し、ライカは小さく身体を震わせた。もしもあの時征二が庇ってくれなかったら、間違いなく自分たち四人は彼女に殺されていただろう。あの強さには、自分が知る力とは明らかに異質の――人という枠組みを外れた畏怖を感じた。もしもう一度彼女と相対したとして、何も対策が取れていない現在、今度も生き残れるだろうか。
「白のせいでせっかく動き出した作戦も止まっちまったしな。あいつをどうにかする方法を見つけなきゃ、俺たちは何も身動きが取れねぇ」
「B.O.P.もそれはお見通しでしょ。こちらが動けないのいいことに、悠々と準備を固めて反撃してくるわ。今、上層部で対策を考えているけど……何かあったら、頼むわね」
 フォーが、彼にしては珍しく、真剣な顔で頷いた。突破口を見つけない限り、次こそ自分たちは、死ぬ。

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