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BLACK=OUT 2nd

第十二章第十話:青の雷火

 ライカが吼える。それは彼女を知る誰もが見たことのないライカだった。その気迫の前には、水島ですら呑まれないようにするのが精一杯である。
「怖ぇな、征二の番犬は。俺ですら押されるのかよ」
 水島らしい軽口だが、その表情に余裕はない。事実、ライカの猛攻の前に、水島は一度も反撃を試みることすら出来ないでいた。ライカの四肢が絶え間なく、ないはずの隙をこじ開けるように襲い掛かる。それらはいずれも速く、重く、クリーンヒットすれば無事では済まないことが明らかだ。
「なるほどな、それがお前の本当の力か。ライカ、お前今まで手抜いてやがったな?」
「私はずっと水槽の中だった。ここにいる意味も、生きる意味だって考えたことなんてない。だってそんなのなかったんだ。私は最初からここにいた。ここにいるしかなかった。だって外に出たら生きていけない。ノースヘルで戦うために生まれた私が、たったひとつの生かされている理由を失ったら、あとはもう世界に殺される。だから私はずっと水槽の中にいた。そこは安全で、そこにいるのは当たり前で、考えたことだってない。だけどそこであいつに、征二に会ったんだ。私と同じ、ずっと水槽の中にいるあいつに」
 躱し続けることも難しくなり、水島は徐々に受ける頻度が増えていく。ライカの重い攻撃は、それだけで水島に疲労を蓄積していった。
「征二はずっと、水槽から出る方法を探してた。私は——私は、本当はずっと笑ってたんだ。水槽から出たって死ぬだけだって。身動きも呼吸もできずに、干涸らびるだけだって。だけど、それでも征二はそれを望んだんだ! 私が選ばなかった、選ぼうともしなかったものを! だから私は応えるんだ、だから私は抗うんだ! これが私たちの、水槽を出ても生きていくっていう意志なんだ!」
「はっ、笑わせる。お前たちは私の駒だ。駒でしかない。このゲームのプレイヤーは私だよライカ。駒が逆らったところで、もう今更だ。主人格が支配する世界は終わる。もう誰もサイコロジカルハザードの犠牲にならない世界だ。俺はそれを日向と、そして俺の家族に誓ったんだ」
 水島は目の前に飛んできた左手を払い除ける。視界が一瞬切れた隙を刺すように、ライカの右手が水島の胸倉を掴んだ。
「私たちが、駒でしかない?」
 額がぶつかりそうなほど顔を近付け、ライカは水島を睨みつける。その顔は泣き濡れていた。
「じゃあ私も、いいことを教えてあげる」
 死神の下す死の宣告のように、ライカは囁く。

「征二は違うと言っている」

 背筋が凍り付くのを感じて、水島はライカの手を振りほどく。荒い息は、少なからず動揺したことの表れだろう。
「ライカさん!」
 マークスが叫び、銃口をライカに向ける。放たれた弾丸はライカに命中し、速度上昇と筋力増加の効果をもたらした。
「いつまでも、あなたの思い通りになど!」
 それはもう、常人の境界を超えた動きだ。ライカは今、雷火となった。迸る閃光が水島に迫る。
「そうはさせない」
 水島から無数の光弾が放たれる。それは正確にライカを追い掛け、ライカは一転、退かざるを得なくなった。
「くっ、ターレット?」
 光弾は部屋の隅、天井から撃たれていた。それは一度水島を経由して、ライカを撃っているようだ。
「開発中の迎撃装置だ。とは言え、まだ実用レベルではない。特定のビーコンを狙うことしか出来んから、まずは敵にビーコンを持たせる必要がある。全く使えないが——テクニカルの対象を書き換えるMFCと組み合わせるとなれば、話は別だ」
 なるほど、これが征二を撃ったテクニカルの正体か。正体さえ分かれば怖くないが、しかしこの弾幕を前に、手が出せないのも事実だ。ライカは弾幕から逃げながら、部屋の隅の天井をちらりと見る。ならばあのターレットを先に破壊すればいい。
「おっと、それはお勧めしないな。あのターレットにもMFCを仕込んである。テクニカルは全部、お前自身に跳ね返ってくるぞ。壊したいなら直接殴れ。もっともその時は——」
 水島が、心底楽しそうに笑う。
「その隙を見逃しはしないがな」
 相変わらずの余裕に、ライカは思わず毒づく。実際のところ、人間と違って機械は精神をすり減らしたりしない。これが対人戦なら相手の疲れを待って反撃に出るのだが、ターレットが相手ではいずれこちらが捉えられるだけだ。
「ライカァ!」
 叫び声が轟いた。振り返れば、デスクに掴まりながら立ち上がる征二の姿が見える。
 ——ああ、こんなにも。
 あなたは私の心を奮わせる。
 征二が渾身の力を込めて、未だ光弾を吐き続けるターレットにソーサーを投げ付ける。火花と黒煙にターレットは散り、残されたのは徒手の水島。この期を逃す手などない。
 一筋の雷火が水島に牙を剥く。全身全霊の右を、水島は避けなかった。代わりに真正面から、その拳を受け止める。ライカの右手と水島の左手、ふたつが衝突する瞬間、白く光ったように見えたのは錯覚か。
 右が駄目なら左。がっぷりと組み合うライカと水島。互いに額を突き合わせ睨み合う。
「今更、既に壊れかけの人類を救ってどうなる! 痛みを無視して生まれる人格が脅威だというなら、なぜそれから目を逸らす? その歪みが人を殺し、そして新たな痛みを生むんだ! この鎖を断ち切ることを、誰にも止めさせはしない!」
「そんなこと私が知るか! あなたの都合も、感傷も、全部私には関係ない! 私は征二に生きていて欲しい、征二と一緒に生きていたい! 人類がどうとか、何が正しい人格だとか、そんなことに興味なんてないんだ!」
「だから俺を止めると言いたいのか? はっ、お前に俺は止められん!」
 ライカは睨みながらも、それを聞いて口の端を吊り上げた。
「私には……違うよ。あなたを止めるのは——」
 水島が何かに気付いたかのようにはっとし、ライカの拳を掴んでいた両手を放し、振り返る。だがもう遅い。眼下に低い姿勢で走り込んできた征二が、手にしたソーサーで水島の脇腹を既に裂いた後だった。
 赤い、赤い飛沫が散る。水島は膝を着き、征二はそのまま地面を転がった。痛みと言うより、熱い。体に力が入らない。この状態で継戦は不可能だろう。
 ここが、決着である。

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