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BLACK=OUT 2nd

第六章第六話:BOB

 征二の無事を知った時、マークスはその場にへたり込んで泣いた。彼の身を危険に晒すつもりはなかったし、あれはいわば事故だ。だとしても、自分の手で征二を死なせていたかもしれない状況はショックだったし、帰投後、宮葉小路にもこっぴどく怒られた。というより、今まさに怒られている最中である。
「大体、僕はBOBの使用を許可した覚えはないぞ。あれはまだ完全に安全な技術じゃないし、万が一制御出来なかったらどうするつもりだったんだ」
 応接室の窓際に立ち説教をする宮葉小路に、マークスはソファの上で小さく縮こまるしかなかった。宮葉小路の言っていることは正論で、何度も彼が口を酸っぱくして言っていることだ。
 BOB――BLACK=OUT BOOSTと呼称されるその技術は、二年前の事件の折、BLACK=OUTが覚醒した宮葉小路がその経験を元に考案した、特殊技術である。通常のメンタルフォースの行使ともテクニカルとも、また式神とも違う全く新しい特殊心理学技術。BLACK=OUTを第一意識階層にまで引っ張り上げつつ、肉体の制御権は主人格が確保することでより直接的にメンタルフォースを引き出す、というのがその内容だ。
 BLACK=OUTは主人格が主人格を維持するために忘却した記憶、ブラックアウトで構成される副人格である。そのためBLACK=OUTは主人格と正反対の志向を持つことが多い。宮葉小路やマークスもその例に漏れず、彼らのBLACK=OUTは近接戦闘を志向していることが二年前の事件で分かっていた。BOBは本来アウトレンジでの戦闘を得意とする宮葉小路やマークスにとって近接戦闘を、それも極めて高いレベルで実現するものだ。
 反面、コントロールに失敗すればそのままBLACK=OUTに体の制御を奪われる危険もはらんでいる。実戦での導入は慎重であるべし、という宮葉小路の言い分は、それが根拠となっていた。
「でもマークスちゃんが頑張ってくれなきゃ、あたしら全滅してたかもだし。無事に征やんも取り返せたんだから、そこは良しとしようよ」
 取り成す神林に「それもそうだが」と宮葉小路は渋い顔だ。
「とにかく、許可があるまで絶対にBOBは使わないこと。これだけは約束してくれ。僕はもう、これ以上仲間を失いたくない」
 それを言われると弱い。宮葉小路はかつての自分の恋人、エレナの死を乗り越えてMFTの指揮を引き継いでいる。彼がどれだけ仲間を大切に思っているのか、守りたいと思っているのか、それは痛いほど分かるのだ。

 マークスが目を開けると、二人の心配そうな顔が目に入ってきた。
(あれ……私、何をしてたんだっけ?)
 順に記憶を辿って行き、思い出したその事実に意識が一気に覚醒する。
「か、和真さん! 和真さんは!?」
 飛び起きるマークスに対して、二人は顔を見合わせる。
「――いい? 落ち着いて聞いてね。征やんは……」

 頭の中が真っ白だった。神林に聞いても、こうして瓦礫の山を目にしても、それはどこか作り話のようで、現実感に乏しい、地に足の着かない、他人ごとのように感じる。
嘘だ。
この下に、埋まっているなんて。
「よお、白の嬢ちゃんは無事か? ったく、やってくれたぜ」
マークスが声の方へのろのろと顔を向けると、フォーが頭を掻きながら立っていた。
「ああ、勘違いすんなよ。こんな状況で戦おうって言わねぇ。むしろ逆だな、逆。こっちの隊長も仲良く埋まっちまったんだ。あいつの救出を優先させてくれって話さ。青もちゃんと助けるし、返してやる。今日のところはそれで手打ちにしようぜ」
それは意外な申し出だった。確かにノースヘル側の損害も少なくないが、征二の身柄だけは死守しようとするだろう――そう思っていたのだが。
「悪くない話だ。だが素直にそうしましょう、と言うほど、こちらもお人好しじゃなくてね。――それは『上』の判断かな?」
「んなわけねーだろ、上に話なんて通そうもんならライカなんてあっさり切り捨てられちまうよ。これは俺の独断、事後承諾ってやつだ」
しばらく黙ったままフォーの真意を量っていた宮葉小路だったが、やがてふーっと大きく息を吐き、デバイスのスイッチを入れた。
「四宝院、水島が瓦礫の下敷きになった。至急救助隊を手配してくれ」
二言三言指示を出して、フォーに向き直る。
「独断ならそちらの救助隊は動かせないだろう。そちらの隊長の救助も引き受ける。メディックの手配はそっちで勝手にやってくれ」
予想外だったのか、フォーは一瞬目を丸くしたが、それはすぐに楽しそうな笑みに変わった。
「……へーえ、中々面白いな、お前。青といい碧といい白といい、B.O.P.は変な奴が揃ってんなァ。んじゃあ折角だから甘えさせてもらうぜ。次にお前らとやり合う時は今度こそボッコボコにしてやるから楽しみにしてな」
「ふん、出来ないことは言うものじゃないぞ」
程なくして救助隊が到着し、征二とライカは救出された。幸い怪我もなく衰弱もしていない様子で、マークスは泣きながら彼に謝った。

 結局ノースヘルは何がしたかったんだろう、という声に、現実に引き戻される。応接室のテーブルの上には、四宝院が淹れてくれた紅茶が湯気を上げていた。
「そうだな……どう考えても僕たちの殲滅が目的だった、としか思えない。水島を先に抑えたのはシールド能力を警戒してのことだったみたいだしな」
「でもさ、それなら征やんは殺されててもおかしくなかったわけだよね。やっぱり生かしておきたい理由があったんじゃないの?」
「そうかもしれないが、それならあの場面で水島を手放す理由が分からない。僕たちをおびき寄せるだけなら彼のデバイスがあれば十分だろう。先に水島をノースヘルに連れ帰っておいて、デバイスに釣られて現れた僕たちを殲滅する――そういう作戦でも良かったはずだ」
 納得がいかない、真意が読めない――それだけに不気味で、対策も立てづらい。
 議論が閉塞したちょうどそのタイミングで、応接室のドアがノックされた。
「お説教、終わりました?」
 顔を出したのは四宝院とメイフェルだ。
「ああ。――何かあったのか?」
 二人が室内に入ってくる。マークスはバツが悪いので、黙って紅茶を啜った。四宝院の淹れる紅茶は相変わらず美味で、こんな気分でも少なからず幸せな気持ちを分けてくれる。マークスもたまに四宝院に教わって自分で淹れてみたりもするのだが、なかなか上手くいかない。同じようにしているはずなのに、重油のような仕上がりになってしまうのはなぜだろう。
「先程ですねぇ、西エリア支部から連絡がありましてぇ。どうも妙なMFCらしき物が見付かったみたいですぅ」
「妙なMFC?」
 ノースヘル事件をきっかけに、B.O.P.をモデルケースとしたサイコロジカルハザード対策組織が全国に展開されたが、マークスたちのいるこのB.O.P.を本部として、それぞれが管轄地を持つ形で支部化されている。
「よう分からんのですけど、テクニカルが逸れるというか、狙った的に当たらんようになるみたいですわ。一種の妨害装置やないか、ということでそれらしきMFCを回収して調べてるらしいんですけど、どうも状況が再現されへん、と」
「西エリアさえ構わないなら、こちらに送ってもらえ。届いたらメイフェルはラボセクと協力してMFCの分析を頼む。もしかしたらノースヘルが絡んでいるのかもしれない」
「西にもノースヘルはありますからね」
「了解ですぅ。……あ、そろそろ何か食べませんかぁ? 朝出撃してから何も食べてないでしょぉ?」
 そういえば、と三人は顔を見合わせる。ドタバタしていてそれどころでなく、食事などすっかり忘れていた。
「……よし、何か食べるか。四宝院、適当に出前の手配を。メイフェル、水島を呼んでくれ。とにかく無事に乗り切ったんだ、少しくらい贅沢してもいいだろう」
「意識したら急にお腹空いてきたぁ! あっ、あたしお寿司がいいな」
「せっかくですから私が何かお料理を――」
 マークスが手を上げると、何故か全員に却下された。

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