インデックス

BLACK=OUTシリーズ

他作品

ランキング

BLACK=OUT 2nd

第十二章第八話:被弾の青

「一体何をしたんですか?」
 銃口は確かに水島へ向いていた。にもかかわらず、マークスが撃ったのは征二だった。マークスは混乱しながらも努めて冷静を装い、征二を介抱する。
「いつまで俺に銃口を向けてんだ? たった今見たろ。お前の弾は俺には当たらない」
 睨み付ける目の横を冷や汗が滴り落ちる。これは、あの時と同じ——。
「まさか、MFCを……」
「察しがいいな。そう、征二の封神の力を逸らすのに使ったMFCだ。これが使い勝手良くてね、大抵のテクニカルは対象を書き換えられる」
 そういうことか。マークスは歯噛みする。つまり、水島には肉弾戦を挑むより他ないということだ。BOBが使えるならマークスは戦力になっただろうが、しかし。
「僕のソーサーなら戦えるはずだ。マークスは下がってて」
「回復とサポートは可能ですが、バックアップは出来ません。私が攻撃したら、それは全部水島さんに当たってしまいます」
「……何とかする」
 征二はゆっくりと立ち上がり、右手を構える。見る見るうちにその手に円形の投擲武器、ソーサーが生成された。手から離れても消えないように特殊な回路を組んであるが、基本的には物質化したメンタルフォースである。テクニカルのように対象が書き換えられることはない。
「そうだ。俺と戦えるのは征二、お前だけだ。そしてインファイトならメンタルフォーサーじゃないことはウィークポイントにならない。やろうぜ征二。お前の足掻きを見せてみろ」
 不敵に笑む水島が掌を上に、こちらへ来いというジェスチャーを見せる。挑発のつもりかもしれないが、もうそれに乗せられる征二ではない。
 征二は大きく息を吐き、精神を集中させる。水島はメンタルフォーサーではない。確かにその弱点は消えたが、こちらがメンタルフォーサーであることの利点が消えたわけでは、ない。
「僕は——あなたに!」
 水島の部屋が、赤く染め上げられる。征二から溢れ出た感情が辺りに満ち、それは征二に、自分の力を上回る力を与えてくれる。征二の「雰囲気」が、自分の奥の奥にあるものを引き出していく。
「ファンクション・ヘイスト・ファクタ・ハピネス・セレクタ——」
 マークスの支援テクニカルをさらに重ね掛ける。速度上昇、筋力上昇、耐久上昇、痛覚鈍化。それら全ての効果が、征二の雰囲気によってより効果的に働き、征二の能力を引き上げる。
 征二の体が沈み、弾けるように地面を蹴る。その姿はそのものがひとつの弾丸。真っ直ぐに強大な壁、自身の支えであり、鎖でもあった男へと立ち向かう。
 征二はソーサーを投げずに振り抜いた。投げてしまえば束の間無手になる。またそれだけでなく、今の自分なら——マークスの支援が揃い、全力以上が出せる今なら、この体の軽さなら、接近戦も充分にこなせると考えた。
「おおっと、こりゃ速ぇな」
 だが、水島はそれを上回る。紙一重で避けているように見えながら、その実、刃の先を目で追う余裕すらある。空振りの征二は勢い余って通り過ぎ、踏み止まった脚をバネのように溜めて、再び爆ぜる。
 水島は屈むのではなく、僅かに体を引いてこれを回避した。ソーサーが顎の下を削るが、先端は喉にまでは届いていない。
「よっと」
 水島が下から突き上げた二本の指が、お返しとばかりに征二の顎を捉える。そのまま指先に力を込め、顎先に引っかけるように引っ張り込む。さながら一本釣りのように、征二の体が浮き上がった。無防備になった胸部に、水島の遠慮ない掌底が叩き込まれる。
 肺から全ての空気が押し出される。反射的に丸めた背中は、壁に叩き付けられることで強制的に伸ばされた。ずるりと征二が地に落ちる。
 ——言うだけはある。
 水島は研究職だったはずだが、なるほど、それだけではないというのはよく分かった。私設軍隊の連隊長を任せられるだけの実力は備わっている。どれだけ強化しようが、出来損ないのテクニカルユーザー程度の実力しかない征二の手に負える相手ではないということだ。
 征二はぐっと口元を拳で拭い、背後の壁で体を支えながら立ち上がる。受けたダメージは大きいが、痛覚鈍化が効いてさほど痛みはない。体が傷付いていないわけではないので、繰り返せば死の危険すらあるが、恐れによって脚が竦むことがないのは有難い。
「普通なら今ので起き上がるまでに数十分は掛かるんだがな。なるほど、メンタルフォースってのは、やっぱり凄いんだな」
 感心したような言い方だが、口調は、表情は、むしろ馬鹿にしているように感じる。ライカたちの隊を率いてきて、メンタルフォースの研究をしていて、この程度のことに今更驚いたりはしないだろう。負ける気はない。勝つつもりでいる。そのことに、微塵も疑いを持っていない。
「水島さん、僕が勝ったら解除キー、教えてもらうからね」
「いいぞ。無理だと思うが」
「言ったね。約束だよ」
 何度でも。勝つまで何度でも繰り返すだけだ。征二は背後の壁を押して、水島へと飛び出していく。
「何度やっても同じことだ。お前の刃は、俺には届かない」
 征二の渾身の振りを、からかうように口の端を吊り上げた水島が体を反らして避ける。征二は間合いが離れた分また踏み込み、返しの刃を狙うが、腕の振りに合わせて引いた水島には一歩届かない。いや、届くはずがなかった。
 征二がソーサーから手を放す。制空圏を離れても一定時間消滅しないように工夫された征二の武器は、そもそもが投げる用途のものだ。回転しながら水島に迫るソーサーが、届かないはずだった間合いを飲み込んでいく。
 水島が目を見開く。完全に虚を突く一撃。回避不能の攻撃は、しかし水島の頬を浅く裂くだけに終わった。その反応速度に、今度は征二が目を見開く。だが一度押し始めた以上、ここで手を緩めるわけにはいかない。
 回避のために開いた間合い。そのマージンを利用して、すぐさま次のソーサーを生成する。水島は緊急的な、無理な回避で姿勢が崩れている。次の一撃は、外さない。
「……やれ」
 水島が不可解なことを呟く。しかし次に起きたのはもっと不可解なことだった。征二の手からソーサーが離れる前に、征二は——何者かに撃たれていた。それも連続的に、マシンガンのようなメンタルフォースの弾幕が征二を襲う。それは例外なく、水島から発せられていた。
 右肩、左胸、右脇腹、首元。次々と征二に弾が命中し、征二はもんどり打って倒れる。
 マークスの悲鳴が響いた。

ページトップへ戻る