インデックス

BLACK=OUTシリーズ

他作品

ランキング

BLACK=OUT 2nd

第四章第二話:雨の中で

 B.O.P.での日々を過ごすごとに、征二は他のメンバー達との距離を感じるようになっていった。
 特にそういった感の強いマークスだけでなく、最近は宮葉小路や神林も、何かを隠しているように思う。
 ――いや、最初からか。
 マークスが特に隠しきれていないだけで、宮葉小路も神林も、征二ではなく日向のことしか考えていない。誰も彼も、まるで型取りの面を被っているようだ。
 彼らがどんな面を被ろうと構わないが、僕に日向の面を被せないでくれ。
 ――僕は、僕だ。
 どれだけ心の中で叫ぼうと、口にしなければ伝わらない。だがそれを言ったところでどうなるのだ。彼らの仮面が厚くなるだけである。
 征二は、雨の商店街を歩きながらため息をついた。
 ――結局。
 自分の力では、まだ彼らに認めさせることが出来ないでいるだけだ。
 B.O.P.にいても、そこにいるのは「日向和真」で。
 征二はそこで幽霊のように、早い話が居場所なく過ごすことが耐え難く、何のかんのと理由を付けて外出することが多くなった。
 ああ、でも駄目だ。
 征二は傘を傾けて雨空を仰ぐ。こんな天気に一人でいると、酷く惨めな気分になる。
 帰ったところで所在ないが、戻ろうかと考えかけた時、後ろから肩を叩かれた。
「あれ? 君はこの間の……」
「や、また会ったね、征二」
 振り返ると、そこには先日の出撃で出会った要救助者の少女、ライカが立っていた。出で立ちはこの間とあまり変わらないが、今日はあの大きな鞄は持っていないようだ。
「偶然ね、こんな所で会うなんて。もしかしてβ区には良く来るの?」
「あ、いや、そんなことはないけど……」
 ライカの顔を見て、征二は先日のことを思い出してしまう。自分の力ではライカを守りきれず、結果的にマークスにフォローをさせてしまった。日向の影を払拭することは、またも出来なかったのだ。
「……大丈夫?」
 気が付くと目の前に心配そうなライカの顔があって、征二は慌てて体を引いた。
「う、うわっ!」
「つらそうな顔してた。悩み事?」
 顔に出ていただろうか。征二は何でもないよ、と言ったが、ライカは納得しないようだ。
「本当はね、征二に会えるかな、と思ってここに来たんだ」
 ライカの差した傘から雫が垂れる。雨音が、二人の間を埋める。
「どう……して……?」
「大した理由じゃないよ。母体に対して泣いてあげられるなんて、変わった奴だなって思ったから。B.O.P.らしくないでしょ、そんな人。だから、何だか気になったんだ。気になって、もっと征二のことを知りたくなった。うん、まあ、それだけなんだけどね」
 そう言って、ライカはちょっと照れ臭そうに笑った。
 ああ、そうか、僕は。
「ねえ、ライカ」
 今、泣きたいくらいに嬉しいんだ。
 彼女は征二を、日向ではなく征二として知りたいと言ってくれた。水島以外で初めて――征二を征二として見てくれたのだ。
「もしライカさえ良ければ……たまにでいいんだ、少しでいいから、……こうやって、話したり出来ないかな?」
 何だ、そんなことか、とライカが笑う。
 そして、小さく頷いた。
「やっぱり君面白いね。じゃあ今日はお近付きの印に、ちょっと露店街でも冷やかして歩こうか」
 傘をくるっと回してライカが言う。太陽のような笑顔が、雨の中でも眩しかった。

 露店街というのは、商業地区であるβ区の中でも一際異彩な空間である。聞けば二年前の騒乱時に壊滅したものの、その後半年経たずにより規模を拡大して復興したのだとか。現在は幅五メートル弱の道路沿い百メートルに渡って様々な露店が立ち並び、朝から晩まで数多の客でごった返すという様相を呈している。その規模からちょっとした観光名所とさえ言えた。
 征二も何度か覗いたことはあるのだが、雨の日に来るのは初めてである。以前来た時はあまりに人が多くて酔ったのだが、さすがにこんな雨の中来る人は多くないだろう、という予想は、辿り着く前に外れであることが分かった。幾分少ないものの、それでも結構な数の人が露店街に続く路地に吸い込まれていたからである。
「……混んでそうだね」
「あ、人混みは苦手な方?」
 好きじゃあないね、と征二は苦笑いして頬を掻いた。
「ライカは、きっと人混みとか大好きな方でしょ?」
 そう訊くとライカはへへっ、と笑うと
「当たり」
 と言って征二の腕を引き路地へと突入した。程なくして路地を抜け、目的地である露店街に到達する。
「うわー……やっぱり、すごい人だね」
「そうだね! 楽しくなるね!」
 雨はまだ降り続いているが、二人は傘を畳んだ。露店のテントから張り出した屋根が雨を防いでくれるため、道路の中央を歩かなければ濡れることはない。それにこの混雑では、傘を差したままではきっと白い目で見られるだろう。事実、誰一人として傘を差している人はいなかった。
「とりあえず何か食べようよ。征二は何が好き?」
「えっと……和食?」
「露店街で和食……たこ焼き?」
「ライカ、それ何か違わない?」
 二人で順に露店を冷やかして歩く。特に出店場所が決められているわけでもなく、場所は早い者勝ちなので、昨日とはがらっと店が変わっている、ということも珍しくない。
「ライカは何か食べたいものないの?」
 目移り気味で決めかねたので訊いてみると、ライカは
「甘いやつ! 甘いのがいい!」
と、目を輝かせて答えた。
「甘いもの、か。それは予想外だったなあ」
 思わず漏れた本音を拾って、「それどういう意味ぃ?」とライカが膨れる。
「あ、いや、そういう女の子っぽいのは違うかな、って……」
「女の子だよ私、一応!」
「わ、分かってるよ、ちゃんと。でもほら、イメージと合わないというか……」
「いったいどういうイメージなの……」
 他愛のないやり取りだ。天気も良くない。だけどそんなことなどどうでも良くなる。世界が広がっていく感じがする。いつまでもこんな時間が続けばいいと、そう願ってしまう。

 だが、その時間も長くは続かなかった。
『あ、水島さん。今露店街ですよね? すぐに本部へ戻って下さい』
 緊急通信。この関西弁は四宝院だ。デバイスも持ち歩いているのでトラッキングされている。
「何かあったんですか? 四宝院さん」
 ライカに断ってインカムのスイッチを入れた。ライカも察したのか、距離を開けて露店を覗き込んでいる。
『δ区のMFCが異常を検知したんですよ。まだサイコロジカルハザード発生には至ってませんけど、良うない兆候ではありますから』
「δならここから近いですよ」
『あー……宮葉小路さんがね、また単独突入されても困ると』
 インカムの向こうで苦笑しているらしい四宝院の様子に、知らず征二の顔は渋くなる。
『それにですね、別に出撃命令が出てるわけちゃうんですよ。せやけどいつ出なあかんか分かりませんから、本部待機です』
 了解を伝えて征二はインカムを切る。
「……出撃、か」
 もしそうなったら、ある意味ではチャンスだ。
 この機会に、今度こそ戦果を挙げる。そして、自分を水島征二として認めさせてやる。

ページトップへ戻る