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BLACK=OUT 2nd

第四章第八話:紫電の雄

 絶対防御を誇るシールド能力。マインドブレイカーの攻撃を受けるという選択肢もあったが、あえて征二は回避を選んだ。β区の一件以来、征二は何度となくシミュレータでシールド連続展開を試みたが、成績はばらつきが大きかったのである。長期戦において、征二のシールドは信頼性に乏しかった。
 連携して襲い来る攻撃。回避で体勢が安定しない征二はシールドを展開した。攻撃を弾かれたマインドブレイカーが再び攻撃に移るまで、その僅かな隙に体勢を整え、次を回避する。
 ――耐えろ、耐えるんだ。
 宮葉小路がテクニカルを詠唱し終えるまで。
 最初は大きかったマージンも、徐々に削られていっている。少しでも気を抜けば回避は間に合わない。嫌でもシールドで防御するしかなくなる。そうなったら防戦一方だ。
「征やん、離れて!」
 神林の声に、征二は反射的にシールドを展開した。同時にソーサーを生成し、体勢を崩したマインドブレイカーに投げる。踏みとどまろうと出した足にソーサーを受け、マインドブレイカーはたたらを踏んだ。すかさずその場を退避する征二。
「待たせたね、水島君!」
 宮葉小路の周囲で、今まで見たことのない量のメンタルフォースが、オーラのように立ち上っている。その威圧感は、マークスのそれとは比較にならない。
「リリース、ヘイトプリズン」
 宮葉小路が、組み上げた術式を解放する。紫電がマインドブレイカーを取り囲むように渦を巻き、その動きを封じた。それは徐々に、巨躯を縛るようにその径を縮め――

 マインドブレイカーの、断末魔の咆哮が大気を震わせる。征二は思わず両耳を塞いだ。腹の底に重低音が響く。
 ――これが……。
 雨の中を雷光が走る。紫の峻烈な光芒が網膜を焼く。神林を、そして征二をたった腕二本で翻弄した巨大なマインドブレイカーが、宮葉小路の放ったテクニカルによって為す術もなく拘束されている。
 ――これが、宮葉小路さんの力……。
 マークスのように、刺すような殺意があるわけではない。だが彼女に優るとも劣らない、圧倒的な力だ。マークスが長く鋭い針とするなら、彼は言うなれば力そのものである。これと定めた敵勢を、最後まで喰らい尽くすような絶対的な力だ。
 紫電の中で、マインドブレイカーが少しずつ分解されていく。身動きが取れぬよう拘束された巨躯は、逃げることも反撃することも許されず、じわじわとテクニカルに侵蝕されるのを待つしかない。
 マインドブレイカーが、一際大きく吼えた。それを最後に、巨大なマインドブレイカーはこの世から消えた。

「――以上が、δ区におけるマインドブレイカーコントロール実験の対B.O.P.実戦試験の経緯となります」
 最後に、ライカがそう締めた。
『コントロールド・マインドブレイカーは十分に能力を発揮したな。今回のプログラマは雅君だったね』
 ノースヘルの独占技術、そしてまだB.O.P.が把握していない隠し玉だ。素養がなければ技術習得が困難な式神でもなく、従来のコントロール不能なマインドブレイカーでもない、中間の存在。
「はい。内容は単純なものですが、あの子の最適化は非常に緻密です」
『だがそれだけ感づかれるリスクも増える。多少のダミーを混ぜておく必要があるな』
「了解しました」
『ところで――』
 デバイスの向こうの、連隊長の声音が変わる。
『君が接触を持った、B.O.P.の彼はどうだね?』
「どう……と、おっしゃいますと?」
 連隊長の言わんとするところが見えず、ライカは困惑した。音声通話なので表情まで窺えないが、声からは少々楽しんでいるような様子すら感じられる。
『他意はないよ。君が彼をどう思ったのか、率直な感想が聞きたいな』
 と言われても、接触は今日で二度目である。ライカが征二を選んだ理由は偶然に接触を持ってしまった人物であることと、二年前の事件に直接関わっていない新入隊員であるということだけだ。
「……変わった、人物だと。まだB.O.P.の流儀に染まってないだけかもしれませんが。それに――」
『それに、何だね?』
「……いえ。彼の監視はこれからも続けます」
 ――それに、寂しい人だと思った、とは言わなかった。
 理由は分からない。だがいつも独りでいるような目をしていて、そのくせ独りは嫌だと、誰かに縋るように叫ぶのだ。まるで、大きな水槽に放たれた一匹の魚のように。
 きっと彼は、水槽の内側から、水槽の外の世界を眺めているのだ。手を伸ばすことも出来ず、声を上げることも叶わず、ただ水槽の中を泳ぎまわるだけで。
 ライカは、そんな小さな魚が水槽から離れない理由を知りたかったのだ。

 報告を終え自室に戻る途中、ライカは雅の部屋に立ち寄った。ドアの前のステータスランプは在室になっているので、多分帰還してからずっと篭りきりなのだろう。相変わらずだ、と苦笑して、ライカはコールボタンを押した。続けてIDを叩き、訪問者を通知する。ほどなくして、電子音とともにロックが解除された。
「入るわね――って、また随分積み上げたじゃない」
 部屋の中に入ったライカの目に飛び込んできたのは、天井近くまで積み上げられた本の山だ。崩れれば大惨事では済まないはずだが、何度注意しても雅は本を積み上げる癖を治そうとしなかった。
「んー? おお、誰かと思えばライカではないか。何か用か?」
 本の山の影からひょいと頭を出したのは、十歳くらいの少女だ。日本人形を思わせる黒髪ストレートと、やや釣り目だが大きな目が印象的である。少々舌足らずな喋り方だが、口調そのものは古臭い。
「あんたが担当したマインドブレイカー、いい働きだったわ。でも連隊長が、最適化が過ぎると感づかれるからって、適当にダミー混ぜとけって言ってたわよ」
 ライカは本が崩れないよう注意しながら、山の向こう側へ回り込んだ。雅はいつもの和服で、彼女が特に気に入っている書斎机に向かっていた。手には一冊の本、机にはさらに十数冊が乱雑に積み上げられていた。
「そうじゃろの。腕を振らせただけじゃ、それでもあれだけの図体なら十分に脅威じゃの」
「まだB.O.P.に手の内をばらすわけにはいかないわ」
「じゃが事実上、今回の作戦はノースヘルの宣戦布告じゃ。あいつらも馬鹿ではないからの、ノースヘルの関与ぐらいは察しておるじゃろて」
 雅が、足の付かない椅子の上で足をぶらぶらさせながら言った。
 B.O.P.はすぐに手を打ってくるだろう。そしてそれを迎え撃つだけの準備が、ノースヘルにはあった。

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