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屠殺のエグザ

第二章第三話:真 と 偽

「嘘は言ってないだと? じゃあ『危ないところを助けてもらった』って、あれは何だ! どう考えたって、危ないところだったのは俺で――」
 助けてくれたのが、お前の方だ。続くはずのその言葉は、無意識に飲み込まれた。それを口にしたら、昨夜の出来事を完全に認め、今までの常識が覆り、これからの日常が崩れてしまう――そんな気がした。
「嘘じゃないよ、それも」
 最後まで取っておいたらしい豚の生姜焼きを、心底美味しそうに口に運ぶと、こよりは言った。
「あの時、君はロッドを失くした私に鞄を投げてくれた。君が投げる動作に入った時と、手を離した直後には、全然別の位置にいた私に、寸分の狂いも無く」
 こよりが、箸を置く。晶へと真正面に向き直り、
「君の能力のお陰で、〈浸透者〉を返依(かえ)せた」
 真顔で、そう言った。
 ほら来た。晶は、露骨に嫌な顔をする。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、俺はあんたらの言う〈エグザ〉なんかじゃない。俺はただの――」
「ああ、ごめんそれ勘違いだから」
 は? けろっと昨夜の言葉を撤回され、晶は随分と間抜けな顔になってしまった。
「いやー一瞬、無自覚の〈エグザ〉かなーとか思ったんだけどね。でも違うや。今日、手を見て判った」
 でもね、と、こよりは続ける。
「『ただの高校生』っていうのは、正しくないよ、その認識。君は〈エグザ〉じゃないけど、普通の人間でもない」
「どういう……意味だよ」
 違う、違う、俺は。知らず、晶の表情が苦くなる。
「私たち〈エグザ〉は、二つの資質を持ってる。まず、手。物体に与えられる『情報』に干渉して、書き換えることが出来る〈換手〉。そして――」
 こよりは晶へ手を差し延べ、その手をそのまま、己が瞳へと持っていく。
「もう一つ、眼が違う。物体の持つ『本質』を読み取ることが出来る〈析眼〉。君は、この〈析眼〉だけを持ってる」
 こよりの手が、自分の眼から、晶の眼へと――差し向けられた。晶は、苦い顔のまま聞いている。
「君の手は、〈換手〉じゃなかった。でも昨日見た君の眼は、そして動きは、間違い無く〈析眼〉を持つ〈エグザ〉のそれだった」
「そんなもん――俺は知らない。お前が勝手に言ってるだけだろ」
「何より、昨日君には〈浸透者〉が見えてた。知ってる? 〈浸透者〉って、〈析眼〉が無いと見えないんだよ?」
 悪戯っぽく――心の底まで見透かすような眼で、こよりは笑う。
「〈浸透者〉は一般人には見えない。ある程度こちらの世界……〈此(こ)の面(も)〉に表出するまではね。そしてまた、〈浸透者〉は完全に表出するまでは、〈此の面〉の全てに干渉出来ない。――〈エグザ〉を始め、〈析眼〉を持ってる人以外は、ね」
 いい加減認めたらどう? と、その眼は言っていた。だが、それでも。
「そんな話、簡単に信じられると思うのか?」
「あら? でも昨日、目の前で〈対置〉の実演販売したじゃない」
「売ってないから! てかそうじゃなくて、あれだって、何かのトリックじゃないのか?」
 俺はただ、この日常にいたいだけだ。というか、こんな訳の判らない人や物事に巻き込まれるなんて、ごめんだ。晶のそんな内心の苛立ちを知ってから知らずか、尚もこよりは続ける。
「でまあ、簡単に状況の説明を、巻き込まれちゃった君にしとこうと思ったわけ。学校も同じだったしねー」
「いいから! これ以上俺を巻き込むな!」
「まあまあ、話は最後まで聞きましょうぜダンナ」
 へらへら笑って、ついでに手もひらひら振って、こよりはするりと逃げた。
「で、 昨日も説明したけど、私たち〈エグザ〉は、物体の本質を見る〈析眼〉と、物体の情報を書き換える〈換手〉を使って、物体同士を入れ換える能力〈対置〉が ――まあ色々細かい条件も要るけど、使える。昨日の化け物は、この世界の裏側〈彼の面〉から染み出してきた存在、〈浸透者〉。ここまではオッケー? 納 得?」
「だから! んな眉唾物の話なんざ信じられる訳が――」
「じゃあ信じて一時的に」
 あっさり。マイペースというか強引というか。これを狙ってやってるとしたら黒い。相当黒い。こいつ本当に学校のアイドルか?
「私 たち〈エグザ〉は、この〈浸透者〉を、完全に表出する前に〈彼の面〉へと返依すのが役目なの。資質は普通、遺伝するから、〈エグザ〉の子供のうち、能力を 持った人がまた役目に就いて……って、そうして今まで、〈浸透者〉を返依してきた。遺伝って言っても、普通は〈析眼〉と〈換手〉両方が一度に遺伝するのが 普通で、君みたいに〈析眼〉だけっていうのは、とても珍しいんだよ。それに、私の見立てによると、君の〈析眼〉は多分、ただの〈析眼〉じゃない」
 だんだん、嫌な予感がしてきた。
「珍しい〈析眼〉は、それだけで〈浸透者〉を引き寄せるし、眼を狙って他の〈エグザ〉に襲われる危険もある。〈対置〉能力を持たない君じゃ、〈浸透者〉を返依すことも、悪い〈エグザ〉を倒すことも出来ない。これは危険。大変危険」
 うんうん、と腕組み付きで大仰に頷いてみせる、こより。
「そ・こ・で!」
 来た。思わず、一歩下がる。
「君を、今日たった今から、この優秀でとっても可愛い〈エグザ〉の倉科こよりちゃんが、昼夜を問わず護衛することになりましたー! ぱちぱちぱち~」
  ぱちぱち~……って、これ以上無いほど巻き込まれる方へ話が進んでいるような気がする。こよりの話が作り話だとして、これ以上悪戯に付き合わされるのはご めんだ。素で言ってるんだとしたら脳が沸いてるとしか思えないし、仮にこよりの言うことが本当だとしたら、逆にこいつに付き纏われることで事態が悪い方へ 進むような気がしてならない。
「こーんな可愛い女の子に守ってもらえるなんて幸せだよねー? 男冥利に尽きるよねー? それも年下だよ年下ー、いっこ下だよー」
「年齢の数え方は『歳』だ!」
「ねー先輩、嬉しい……ですか……?」
「今更皮被んなこの似非妹系!」
 まあそれは置いといて、と、こよりは弁当箱を片付け始めた。
「と りあえず、君が今、割とシャレにならないくらいヤバい状況にいるのは確かだよ。眼を取られるくらいで済めばいいけど、〈浸透者〉相手なら間違いなく殺され るし、〈エグザ〉が相手でも、他人の〈析眼〉奪おうとするような連中は、エグザ殺しばっかりだしね。一般人殺すのに、躊躇しないと思う」
 淡々と投げられるその言葉が、逆に晶の背筋を冷やした。ちくしょう、何だこの妙に説得力のあるトークは。
「今、君に死なれたら困るんだ、私も。私は、君を死なせたくない。だから……たとえ君が拒否しようとも、必ず君を守り抜く。倉科こよりは、〈神器〉に懸けてそれを誓う」
 レジャーシートを畳み、すっくと立ち上がる。凛と紡がれるその宣誓は、否応無しに晶を真顔に引き戻した。
「ま、つまり君には拒否権は無いってことなんだけどね、晶先輩」
 一瞬邪なモノが垣間見えた笑顔を残し、こよりは先に屋内へと戻っていった。
 晶は微妙に悔しそうな顔で、空を見上げる。ちょうどそこには、今の心境と同じ――青空を覆いつくす直前の、重たい雲が広がっていた。

 晶が一つ、恐らくは彼にとって最大の懸念材料を失念していたことに気付いたのは、教室に戻ってからだった。
 男女問わず、質問攻めである。中でも黒木が一番しつこかったのは、言うまでも無いが。
(……っ、あいつ――余計な置き土産を……っ!)
 この怒りを、どこへぶつけていいのやら。余談であるが、昼食は当然ながら食べ損ねた。

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