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屠殺のエグザ

第九章第三話:咎人 と 罪人

 低姿勢からの踏み込み。〈エグザキラー〉を右に、頭上を過ぎる〈断罪剣〉を潜るように懐へ入り込む。
「やあっ!」
 発する気迫、振り上げる剣が〈血の裁決〉ラーニン=ギルガウェイトの喉元に迫る。反応は刹那、皮一枚分の精度でこれをかわす〈執行者〉の男。両者とも剣は振り切り、そこに一瞬の隙が生まれる。
「合わせます!」
 ラーニンの左側面、咄嗟の反応を許さない位置から、真琴が飛び掛る。
「くっ」
  並の〈エグザ〉ならダメージを負ったであろうその攻撃を、しかしラーニンは凌いだ。攻撃を仕掛けた真琴の手首を取り、そのまま片手で反対側へ投げ飛ばす。 打撃を伴わない反撃は有効でなく、また真琴にとって空中で身体を捻り着地するなど容易い。無理な方向へと身体を捻ったラーニンには、追撃に走るだけの猶予を生み出すことは出来なかった。真琴を投げた先、視界には、〈析眼の徒人〉村雨晶が映っている。
「させるかあっ!」
 踏み込む晶に対し、相も変わらずラーニンの反応は速い。叩きつけられる〈変成〉済みのロッドを、〈断罪剣〉で受け止める。
「なるほど、思った以上に厄介だな、〈エグザキラー〉の効果は」
  力の限り打ち合わされた晶のロッドと腕が、きりきりと軋む。〈析眼〉で見え得る限り、最も効率的なポイントで受けさせたとはいえ、力の差がありすぎた。ましてや、相手は第一級の〈エグザ〉。その恵まれた体躯と鍛え抜かれた筋肉、そして数多の〈エグザ殺し〉との死闘で培われた経験と勘は、晶の反則的な〈析眼〉をもってしても容易に覆せるものではない。
「だが、これでお前の武器であった〈変成〉は使えなくなった。〈換手〉を持たないお前には〈対置〉も出来ん。使い込まれたロッドを使い続けたことが――」
  ラーニンが打ち合わせた〈断罪剣〉をスライドさせ、ロッドに付いている僅かな傷に引っ掛ける。晶がその意図を読み取った時には、既に何もかもが遅すぎた。 その引っ掛かりを軸にして、ラーニンがロッドを跳ね上げる。晶の手からもぎ取られたロッドは、風切り音を残して夜の空へと吸い込まれていった。
「お前の、敗因だ」
 〈断罪剣〉を構えるラーニンに対し、丸腰の晶は下がることを選択せざるを得ない。
「そして、〈屠殺のエグザ〉。お前の〈神器〉は確かに強力だ。この〈断罪剣〉をも無効化させる」
  ラーニンの足元にいたこよりが、〈エグザキラー〉を突き込む。〈析眼〉が見出した必殺必中の一撃は、しかし同じ〈析眼〉の前には必ずしも有効ではない。放たれた攻撃はラーニンの右脇を掠めて空を刺す。僅かな隙へと、カウンター気味に繰り出されるラーニンの刺突。こよりは〈エグザキラー〉に引っ張られるよう に、右前方へ転身し凌いだ。急ぎ立ち上がるこよりに、続けて〈断罪剣〉が横薙ぎに襲い掛かる。
「だが、皮肉だな。〈エグザキラー〉自身を〈エグザキラー〉に当てることが出来ない以上、お前の〈神器〉は〈対置〉効果を無効化出来ん」
 遠慮の無い一撃を後ろ跳びにかわし、こよりは悔しそうに顔を歪めた。ラーニンの言うとおり、〈エグザキラー〉自身は〈断罪剣〉の効果を受けてしまう。たとえ〈エグザキラー〉であっても、ラーニンの攻撃を受けることは出来ない。
「さて、もう終わりか、〈屠殺のエグザ〉。〈析眼の徒人〉は得物を失い、〈疾風の双剣士〉では圧倒的に力不足だ。私の攻撃は、いつまでも回避し続けられるものでもない。お前の、負けだ」
 一歩ずつ、ゆっくりと、ラーニンが近付いていく。悠然と歩いているように見えて、その実隙など無い。もしもこよりが攻撃を試みれば〈エグザキラー〉は折られ、こよりは殺されるだろう。
(でも……勝てない相手じゃない)
 そう、単純に力量だけなら自分の方が勝っている。――ラーニンを、殺しても良いならば。
(ダメ。それは出来ない。私は……私は……)
 もう誰も殺さない。晶がそれを望んだから。殺すことの意味が――今の自分には分からないから。
 敵は殺すことを躊躇わない〈執行者〉。殺せない自分との戦いでは、勝敗は眼に見えている。だけど。
「本当に、そう?」
 それは小さな呟き。注意していなければ聞き漏らしそうな――しかし自信に満ちた。
「何?」
「本当に勝てないのかしら? 私は……私たちは」
 ラーニンの歩みが止まる。訝しむ青年に向けて、こよりは小さな口の端を吊り上げた。
「悪あがきだな。どういうハッタリだ、それは。命乞いなら――」
 言葉は最後まで続かない。ラーニンが振り返ると、眼の前一杯に真琴が迫っていた。
「足だけは……速いなっ!」
  光の速さで繰り出される双剣を、一撃目は弾き、二撃目は受ける。小柄な真琴を吹き飛ばすなど、ラーニンには容易い。そのまま半ば無理矢理に真琴を吹き飛ばす。と、真琴の後ろから晶が飛び出した。その手には、先ほど手から離れたはずのロッドが握られている。晶は吹き飛んでいく真琴の横ぎりぎりを掠めるように ロッドを突き繰り出した。狙いは〈神器〉を握っている右の手の甲。狙い違わず、避けること能ず、ロッドはその一点に命中した。
「ぐ……バカな……っ」
 取り落とした〈断罪剣〉を、左手で受けるラーニン。続く攻撃を予想し振り向いた時には、既にこよりが懐に飛び込んでいた。
「うわああああ!」
  迸る絶叫はこよりのもの。少女は身体ごとぶつけるように、〈エグザキラー〉の柄をラーニンへ打ち込む。最も効率的な打点を押さえた攻撃に、二メートルほど もある巨体は紙のように吹き飛び、ビルの壁にぶつかり路面へ沈んだ。呻き声を上げるラーニンの鼻先に、〈エグザキラー〉の黒き剣先が止まる。
「……なるほどな。見事な連携だ。足の速い〈疾風の双剣士〉を先行させ、その身体で私の視界を塞いだというわけか。ひとつ解せんのは、何故君がロッドを持っていたかということなのだが?」
「まあ、簡単なことなんだけどな」
 晶が、手の中でロッドを弄びながら答えた。
「あんたにロッドを弾き飛ばされた時に、視界から消えるまでの間にロッドの速度とベクトルを視てたんだ。気流の影響はほとんど受けないし、それさえ把握していれば、いつどこに落下するかは楽勝で分かる」
 晶の答えを聞いたラーニンは呆然とした顔を見せたあと、疲れたような顔で苦笑して見せた。
「なるほどな。〈変成〉持ちの〈析眼〉というのは伊達ではないらしい。……完敗だ。私を殺すのなら、殺せばいい。しかしその前に一つだけ教えてくれ」
 ラーニンが、眼の前に立つこよりを見上げる。その眼には、悲しみの色と懇願が篭っていた。
「何故、お前が〈エグザキラー〉を持っている? お前は〈孤高のエグザキラー〉と……鹿島俊一と、どういう関係なんだ」
 こよりの表情は動かない。答える代わりに、こよりが返したのは質問だった。
「あなたは、彼とどういう関係なの?」
 ラーニンはふうっと深く息を吐くと、眼を伏せ答えた。
「十年前に私の恋人……サラを殺した、〈エグザ殺し〉だ。その時に彼が使っていたのが、〈エグザキラー〉だった」
 過去の出来事。復讐と断罪を誓った、全ての始まりの日を、彼は語った。
 ラーニンの口から事の顛末を聞き、こよりは静かに口を開く。
「残念だけど、あなたの復讐すべき相手は、もうこの世にいないわ。だって、彼は……」
 能面のように表情を凍らせたままで、こよりは言った。

「私が〈此の面〉に来て、最初に殺した〈エグザ〉だから」

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